「おーい。ヒバリちゃんやーい」
聞き慣れた声がして足を止める。
瞬時に、並んで歩いていた友人に断りを入れて先に行っていてもらうよう伝えて振り返る。
「やぁ」と片手を挙げてにこやかな笑みを携えた女子生徒を見つめ返す。
吸い込まれそうな星空の色をした瞳を細めて綺麗に笑う姿が一向に変わらない。
「何か用?」
「用がなかったから来てみたよ」
「あんたらほどじゃないけど、私達だって忙しいんだよ」
「ちょっと久しぶりじゃん?たまには顔見てお話したいんだよ〜」
「…………」
よくもまぁぬけぬけと、そんなことをのたまう。
自然と眉間に入っていた力を抜き、指でグリグリと押す。
腕時計で時間を確認して、次の授業に移動教室がないことを思い返してから、方向転換をした。
「廊下で喋んのは通行のジャマ」
「ヒバリのクラス覗いてみたいな〜」
「刺されるよ」
「猟奇的過ぎん?」
「どっかの誰かさんが散々煽ってくれたみたいだからね」
「あ〜アレね〜」
当然のようについてくる足音。
並んで歩くのは随分と久しく感じてしまう。
「いやでもアレはアレで彼の良いところだと思うけどね〜」
歩く度に揺れる深みのある赤い髪が目に痛い。
目を逸らす。
「ふふ。自分から敵を作りに行くスタイルよ」
「実力に裏打ちされた言動なんでしょ」
「ヒバリ面識あったの?」
「面識はないけど」仮にあったとしても人の顔と名前を気安く覚える性格ではなさそうだ。と付け足すと「そのとおり〜クラスメイトの名前も覚えてないよ〜」と返ってくる。想像に難くない。
「実技試験で同じ会場だった」
「あぁそれで」
「最初っから爆発しながらどっか消えて、試験中ずっと音し続けてた。スタミナ半端ない」
「へぇ〜」
「戦闘訓練とかしてるんでしょ?見てないの」
「サシで当たったことないもん。ていうか一対一の戦闘やったことないんだよねぇ」
「あったとして……本気でやるあんたが想像できないけど」
「わたしはいつでも本気ですけど〜」
「…………」
「まぁ状況によりけり、だよね」
「体育祭は、その状況とやらに入ってんの?」 見栄えのいい笑顔を張り付けるだけのそいつに大きく息を吐く。
「あんたと話すと疲れる」
「えぇー?癒されるでしょ?この笑顔!可愛いでしょ?ほらもっとよく見て!」
「疲れる」


「あ。スズメおかえり」
教室に戻ってすぐに、一角に佇むグループから声が掛かる。移動教室のあと、一緒に歩いていたものの思わぬ天災に見舞われて離れ離れになってしまったことを申し訳なく思う。手招きされるがまま近づいていく。
「ゴメン。ちょっと話してた」
「全然。美人だったねーあの子」
「確かA組だよね?」
「そうそう双子の子。つーかアレ轟さんじゃね?。ホラあのエンデヴァーの」
「兄?弟?めっちゃイケメンだよね!」
「でもコワそー」
「友達なん?」
女子が三人集まれば姦しい。とはよく言ったもので。
そういう情報はどこから仕入れてくるんだろう、と思いながらも「小学校が同じだった」と答える。
「ちなみに燐子が妹。兄の方は私立行ってたから、よく知らない」
「おぉー幼馴染!」
「男女なら恋が生まれるというあの噂の」
「轟兄妹とは縁遠い話だわ……」
「えーモテそうだけど」
「モテてたけどさぁ。あの兄妹は、恋愛に全く興味ないよ」
「あぁー……ヒーロー科」
「目立ってるよねぇ。特にA組」
「このクラスにもいるもんねー。ヒーロー科入試組」と、一人がぐるりと教室中を見回す。なんとなく釣られて目で追っていくと、散らばって思い思いの過ごし方をしているクラスメイトの内、何人かと目が合って逸らされた。恐らく話を聞いていたのだろう。女子の声は、潜めているつもりでもよく通るのだ。しかもそれが、潜めるつもりなんて毛頭ない女子の声であるならば猶更に。
「ね!体育祭スゴそう」
「コワそうだよねー下克上狙いのヤツばっかだもんね」
「経営科は全然参加しないんだってさ」
「そりゃそーだよ。暑いもん」
「いや違うって。なんか出店とかで経営の練習したり、ヒーロー科の分析でシュミレーション立てたりすんだってよ」
「サポート科も自作アイテム使って出場すんでしょ?企業アピールとかって」
「この学校マジ体育会系〜」
燐子は多分あんたらと凄く相性が良いだろうよ。と思うが口には出さないでおく。
「そういえばスズメ、さっき轟さんに『ヒバリ』って呼ばれてなかった?」
「ああ……あれあだ名」
「なんでヒバリ?」
「氏名から一文字ずつ取ったらそうなるってさ」
「あ、そっか。雲隠に雀だもんね」
「雀から雲雀って何か夢あるねえ」と笑う友人に笑みを向ける。
そろそろ次の授業のチャイムが鳴りそうな時間だったので解散して自分の席へ戻る。机の中から教科書を取り出す。筆記用具を置く。教師を待つ。今日もまた騒がしい授業になるのかな。予習はしてある。時間は有り余っている。この後四限が終わったら、食堂に行って皆でランチをして、満腹になって眠たい身体に鞭打って五限と六限が終わったら、皆で遊んで、夜になって帰って晩御飯を作って食べて、風呂に入って、在宅ワークを終えたらベッドに入る。そして朝起きて洗濯をしてご飯を作って食べて顔を洗って身支度を整えて学校へ行く。授業を受ける。繰り返しだ。
中学と何にも変わらない毎日。
ふと視線を動かした先で友人と目が合って手を振る。
この子は夢があると言ってくれたけど。
夢は見つからないまま。
何かを変えようとして受けたヒーロー科も入ることが叶わなかった。
私だって入試組の一人だ。
誰のことも笑えない。
体育祭なんて出たくない。
みじめなイベントだ。
選ばれた奴らと選ばれなかった自分との差を見せつけられるだけ。
ヒーローになりたかったわけじゃないけれど、と繰り返す。
何者かになれるかもしれないと思っていた。
私を取り巻く邪魔ものから解放された、あの日から。
あいつがヒーローになった、あの時から。


「高校生活はどうだい?」やさしげな声が響く。
頭の中の靄が少し晴れるような感覚。
「普通です」と私は答えた。
「端的だね」
「普通科ですからね。普通としか言いようがない」
「華の女子高生だというのに」
「それなりに満喫していますよ。友人もいますし」
「高校生といえば、やっぱりカラオケとか行ったりするのかな?」
「はあ、まあ」
「いいね。働き出すと、あまり行けないからね。行ったとしても、気を遣ってあまり好きな歌を歌えないんだ。皆が知っている歌ばかり歌ってしまう」
「大人って窮屈ですね」
「そうだね。だからこそ、大人になるまでに見る夢には価値がある」
「…………」
「君はどんな夢を見るのかな。僕はそれが、とても楽しみだよ」


『第一関門――ロボ・インフェルノ!!』
もう三か月も前になるのか。目の前の光景に一瞬、あの日の光景が甦る。二月、ヒーロー科を目指す数百余人の学生の前に立ちはだかった強固な壁が今、再度群を成して目の前を阻む。
スタートダッシュで出遅れたものの地を這う氷は躱すことができた。
だというのにこれは。
『1−A轟!!攻略と妨害を一度に!!こいつぁシヴィー!!!』
アナウンスの声が耳に障る。
周囲の生徒の動揺と、切り抜けていく生徒、機械音、衝突音、爆破音。
五月蠅い。五月蠅い。
私も。
私も早く動かなければ。
ターゲットを補足して襲ってくるロボから逃げるために走り出す。
辺りを見回す。
どこか道はあるのか。
既にヒーロー科の生徒の大半は次の障害へ向かっているだろう。
あいつもいない。
普段あんなに騒がしいくせに、こんな時はいつの間にかいなくなっている。
『立ち止まる時間が短い』
五月蠅い。
『各々が経験を糧とし、迷いを打ち消している』
五月蠅い!
大量の大型ロボットの分厚い壁は、それぞれ標的を認識して動いているから少しずつ薄くなっていく。その道を見つけて潜っていく何人かの生徒の後ろについて走る。
第二関門にたどり着く頃には息が上がっていた。
『落ちればアウト!!それが嫌なら這いずりな!!』
嫌な言い回しだ。
深い崖に落ちたら死にそう。要所に設けられている足場同士を繋ぐように渡されているロープは結構太くて頑丈そうではあるけど、この場面において有用な個性を持っていない生徒はプレゼント・マイクの言う通り這いずるようにして移動しなければならない。
度胸と筋力とバランス感覚があればの話だ。
『一面地雷原!!!怒りのアフガンだ!!!』 みじめなイベントだ。
本当にみじめだ。
目の前がぼやけて仰ぐ。
青空が。
深い深い青色が。
私をもっともっとみじめにする。


「失礼しま〜す!相澤先生はいますか!」
「目の前にいるだろ」
「おや失礼。てっきりミイラマン先生かと……痛!」
職員室の出入り口を一つ塞いで繰り広げられている茶番が耳に入ってそれを眺める。真紅の長い髪色と、澄んだ軽やかな声ですぐにわかる。燐子と、A組の担任教師だ。イレイザーヘッドというヒーローらしい。元より全身黒ずくめの小汚いオジサンだけどこの前までは顔面と両腕に包帯を巻きまくっていたからミイラマン先生でいいと私も思った。
「ミッドナイト先生はいないんですかぁ〜?」
「お前に用があるのは、俺だ」
「先生のいじめからわたしを守ってくれるのは、ミッドナイト先生だけですからね……」
「オイオイ聞き捨てならねーなァ女子リスナー!俺だってしっかりガッチリ庇ってやってんだろー!?」
「マイク先生は……先生にいつもやられているので……」
「ホァ――――!?!?ウェナイワズヤング!?」
「アイウッドリッスントゥザレディオー!」
「うるせぇ……。轟お前教師で遊ぶな」
「おや失敬」
肩をすくめて何ともない風に笑う燐子。
「それで何のご用でしょうか?」と首を傾げる。よくもあの怖そうな先生にそんな態度で向き合えるよな、と思う。オジサンで怖くて無表情で冷たそうであれば、私は近寄りたくない。そういえばトーナメントでは一度、熱入ってたっけ。よく覚えてないけど。
「ドラフト指名の件だよ」
「指名リスト、さっき教室でいただきましたけど」
「どうやって決めるつもりだ」
「勿論、ヒーロー候補生らしく吟味するつもりです」
「具体的には」
「行ったことがない地方で、おいしい食べ物があって、なるべくまったり過ごせて、清潔感があって、ホスピタリティあふれるところに行くつもりです」
「それは旅館の選び方だろうが」
「痛い!痛いです先生痛い痛い痛いイタタタタタタ」
…………。
何やってんだあいつ……。
「お。雲隠、ちょうどいいところに」
「あ」担任が視界を遮る。
「ノート返却。クラス分持って帰って配っといてくれ」
「学級委員じゃないです私」
「今、目の前にいるだろう」
一気に二十人分のノートを持たされ重みがかかる。
ここで突き返しても意味がないので仕方なく教室へ向かうべく歩き出す。
「よろしくなー」と担任は笑顔で職員室へ。
出入り口で騒いでいた三名は中へ入ったらしく姿が見えなくなっていたけど、直後に「えぇえーっ!?」と大きな声が聞こえて足が止まる。振り返ろうとして、やっぱり止めて教室への道のりをゆっくり歩く。
「――――……」
呟いた言葉は音にならずに消えていく。
私はのんびりと廊下を歩く。
耳に残る明るい声も、華やかな笑顔も追い出して。
一年E組へ続く道のりを、ゆっくり歩いて帰る。

[] []

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -