昼休み。
「・・・・・・んッ。」
「・・・ッ・・・。」
また人の目を避けた場所で。 互いの唇を深く奪い合う一人の男性教員と一人の男子生徒。 その一人の男子生徒というのは俺、錦 浬のことであり。 その一人の男性教員というのは教員歴二年目の新任教師、神崎 孝先生のことだった。 神崎先生は既婚者、結婚されている方。 まだ子供を授かってないが、永遠の愛を誓った奥さんがいるはずなのに。 メール一つで、こんな場所に俺と逢引をし。 言葉の一つで、こんな場所で俺と抱き合う。
「ねぇ。奥さんとディープぐらいしたこと・・・っ・・・あるんですよね?ちゃんと真面目にやらないと・・・あの写真ばらまきますよ?」
「・・・!」
愛している人がいるのに。 先日起こした俺との不祥事を、奥さんや周りの同僚の人たちに知られたくないからと、その脅迫に負け。愛してもない男に逆らうことが出来ず、ただ従い操られるまま、その腕で抱くのであった。
昼休み終了5分前の予鈴が鳴り響く。
「!」
最後にもう一度だけ深い口づけをしてから、神崎先生の腕の中へ身を任せる。
「・・・もう、おしまいか。」
「錦くん・・・。そろそろ教室に戻らないと午後の授業、遅刻してしまいますよ。」
「分かってますって。それに『優等生の錦 浬』が遅刻するわけありませんから。」
容姿端麗。 頭脳明晰。 運動神経抜群。 揃いに揃った三拍子を持つ心優しい性格である優等生の錦 浬とは似ても似つかないほど、これまでとは違う口調で話す俺は、雰囲気ですら異なっていた。 それは二重人格といった現象ではなく、どちらも同一の人格であるということ。 本来の素性を出さず理事長の孫として相応しい仮面を被り、人の心を掌握させて物事を上手く保ちながら、世を渡って過ごしているだけのお話。
「そう、ですか・・・。」
きっと神崎先生の中に、もう『いい子の錦くん』なんて人は存在しないだろう。 けれど、そんな中でも俺は神崎先生の優しさを知った。
「!」
彼の腕が、そのまま俺をその中に包み込んだのだ。 神崎先生?そこで抱き返したりなんかしたら『本当は、まんざらでもないんじゃないの?』と勘違いされますよ。 さっきあんなことを口にしたから、それが原因になって行動に移しただけかもしれないけれどー・・。 その優しさが時に災いを生み、損にしかなってないこと。 ちゃんと分かってます?
「ー・・それでは神崎先生。俺はこれで教室に戻りますので、また午後の授業で。」
「え、あ・・・。」
この時間を惜しまず過ごした俺は『優等生の錦 浬』へ戻り、ニッコリとした笑顔で神崎先生の元から離れる。 その豹変ぶりは素晴らしいもので。 それを目の前で見た神崎先生は唖然とした表情を見せる。 また戸惑った色に顔を染め、そんな俺を呼び止めることすら出来ず。 教室に戻っていく俺の背中を静かに見送ったのだった。
「錦くん。いたいたー。」
「・・・・・・。」
教室に戻ると自分の席には同じクラスの男子生徒が数名、戯れていた。
「もー。昼休みどこ行ってたのさ。」
「ごめんね。まだあまり体調よくないから保健室で休んでたんだ。」
(非常にどうでもいいが、なんでコイツら俺の席に集まってるんだ・・・?)
どうやら頼んでもないのに、俺のことを待っていたようで。 その内の一人がコッチに気づき、もうじき本鈴が鳴るというのに気に構わず、勝手に自分らの雑談に俺を巻き込ませる。
「大丈夫〜?錦くん。体育の授業、今日も見学する?」
「少し休んだから平気。今日は出られそうかな。」
(頼むから放っといてくれないかな。)
「そかそか。それよか一昨日の続き。錦くんみたいにモテる方法、教えてくれる気になった?」
「え?」
「ほら、昨日は体調悪そうだったから遠慮して聞けなかったから。今日こそ教えてもらおうと思って。」
「・・・・・・。」
(だから特にないって言っただろ。またその話か。)
彼の名前は及川 春希(おいかわ はるき)。 柔らかい髪質に栗毛色の髪をした碧眼な男子生徒(噂によると親の親がハーフだとか)。 同じクラスメイトであり席が近いことから、よく頼んでもないフォローを入れてくる。 そして思春期真っ盛りの彼は、どれだけ女子生徒にモテたいのか。 一昨日から、その話題を懲りずに持ち出してくるのだ。
「『U.S.●』の振り付けを、最後まで間違えずに踊りきれたら教えてくれる?」
「も、もうじき授業始まるから席に着いたほうがいいんじゃないかな?及川くん。」
(この世界を壊滅させる気か、お前は!)
そんな及川は、『鬱陶しい』の一言で説明が成り立つだろう。
「ちぇ〜。しかも『及川くん』ってつれないなぁ。春希の春をとって『ハルくん』で呼んでいいって前に言ったじゃん〜。」
「ハハ・・・。」
(誰が呼ぶか・・・。)
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