律儀なことに破壊していった犯人は、お金を置いていったようだ。 壊した弁償代のつもりなのか。 束になったお札が茶封筒の中にあり、洗面器の隣に置かれていた。
「・・・・・・・・・・・・。」
もう犯人は誰なのか分かっている。 目星がついているから。 それは一人しかない。 さっきまでここにいた人に違いない。 残念な人。 本当、残念な・・・人。
「・・・ゴホゴホ。」
俺はフラつく体のまま、クローゼットをガチャと開けた。 そのクローゼット内の棚に置いてある小さなケースを手に取り、中から一枚のSDカードとUSBメモリを取り出す。 外部保存をきちんとしていれば、パソコンやスマホからデータが消えてしまっても、すぐにバックアップが可能。 ここには消されてしまったあの写真も保存されていて、それは不死鳥のように、これでいくらでも蘇らせることができる。 それをあの人に見せれば、後は思いのまま。 脅して。 縛り付けて。 思い知らせてやるんだ。 俺から逃げられないということを。 俺から逃がされないということを。 思い知らせてやるんだ。 本当・・・、残念な人。 せっかくここまで俺を、お得意の優しさで騙せられていたのに、ね。 だから言ったのに・・・。 けどー・・、
「これで・・・、おしまい。」
けど俺は最後の切り札を。 壊されたスマホと同じように、水が入った洗面器へと沈ませた。 最後は自らの手で、それを壊したのだ。
「・・・・・・ッ。」
あの時答えなかったのは、こういうことだから。 これが神崎先生の答えなのだと、思い知らされたから。
「神崎、先生・・・。」
こんなこと、分かっていた結末なのに・・・。 どうして涙が零れるのだろう。 どうして胸が張り裂けそうなぐらい痛いのだろう。 この少しの数日間、俺はどうかしていたんだ。 どんなことをされても『本当はもしかして』という勘違いに踊らされていたんだ・・・。
神崎先生は優しい人でした。 最初に惹かれたのも、その優しさでした。 微笑んでくれる笑顔も優しくて、そんな神崎先生を見ているだけで最初はよかったのです。 最初は見ているだけで、本当にそれだけでよかったのです。 なのに、どうして? それをどこで間違えてしまったのだろう。 それをどこで歪ませてしまったのだろう。 そのままでいれば、こんな思いはせずにいられたのに。 そのままでいれば、ただの先生と生徒のままの関係でいられたのに。
「・・・・・・さようなら。」
これでもう神崎先生を縛り付ける術はなくなった。 時間はこれまでのことが何事もなかったかのように、進んでいくのだろう。 一人の先生として。 一人の生徒として。 何事もなかったかのように戻されていく関係。 それから俺は風邪を悪化させ、三日間ほど寝込んだのでした。
つづく
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