遡ること少し前ー・・。
文武同等トップクラスの成績を誇る、この学園の理事長のお孫さん。 容姿端麗、頭脳明晰、運動神経抜群の三拍子が揃った心優しい性格の持ち主。まさに『優等生』という言葉が相応しいほど似合い、生徒からも教員からも特別な意味で慕われている男子生徒がいた。 そのお孫さんの名は、錦 浬(にしき かいり)。 それが俺の名前。
学校中に響き渡るチャイムの音。 今日の授業はこれにて終了し、放課後へと差し掛かる。
「錦く〜ん!」
「ん?」
自分の席で帰る支度を整えていると、同じクラスの女子生徒が1オクターブ上げたかのような高い声色で話を掛けてきた。
「どうしたの?」
「今日よかったら一緒に帰らない?」
「だめ〜。錦くんは私と帰るの〜。」
それはこんな俺と一緒に帰りたいという、好意的なお誘いだった。 それを聞いた周りの女子生徒は獲物を捕らえるように目を光らせ、我こそが!と言わんばかりに割り込み、次々に集まっていく。 一人の男子を大勢の女子で取り合う姿はどんな時代でも、せっかくの可愛さも、せっかくの綺麗さも、全て台無しにさせて醜い小さな争いと化す。 けれど俺は誰にでも優しい性格だから。 その中から一人の誰かなんて選ばない。
「ごめんね。まだ学校に残る用があるから、一緒には帰れそうにないかな。」
「えーっ。」
「ごめんね。また今度誘って。」
みんな等しく平等に。 まるで次があるような期待を持たせて、全てを断ったのだ。 慌てることなく、疎うこともなく、いつも通りの笑顔で切り抜ける。 女子生徒に群がれたのは、昨日今日が初めての出来事ではない。 俺にとってそれは日常茶飯事に過ぎなかった。
「錦。」
「ん?」
帰る支度が整い、やっとの思いで教室を出ようとすると、今度は同じクラスの男子生徒に捕まってしまう。
「どうしたの?」
「どうしたの?じゃねぇぞ。このクソ寝取り野郎が。」
「ね、寝取り野郎?」
「手に余すほど女どもにモテておきながら、全て断るとは本当いい度胸してるよな?」
どうやら先ほどのやり取りを教室の隅から見ていたようで、彼の顔色は凄まじい色に染め上っていた。
「錦。お前みたいなクソ野郎はオレたちの仲間じゃねぇ。いっそのこと爆発してしまえ。」
「えっと・・・。」
「気にしなくていいよ、錦くん。」
「!」
そんな彼の様子に見兼ねたのか。 この場のフォローに入ってきた別の男子生徒。
「こいつの彼女。さっきの女子軍団の中にいて、それを目撃して僻んでるだけだから。」
「そう、だったんだ。」
事情を聞き、まだ群がっていた女子生徒たちを見て、そっと静かに理解。 凄まじい顔色の彼の目をよく見ると、うっすら涙目になっていた。
「そうだったんだじゃねぇっ。スナック感覚で、よくもオレの藍子ちゃんをぉぉぉおおおおっ!!」
「ハイハイハイ、ストップストップ。そんな風に錦くんに八つ当たったって仕方ないだろ。錦くんはキミと違うんだから。」
「ハハ・・・。」
寝取るどころか、触れた記憶もないのに向けられる怒りの矛。 どおどおとフォローしてくれる男子生徒のおかげで、それを拳としてぶつけられる事はなかった。 しかしそんな罪を、俺は鼻を高すつもりもなければ、謝罪を示すつもりもない。 『自分のせい』かもしれないが、そこで『ごめんなさい』を口にしたら、彼らのプライドまでズタズタに傷付けてしまうだけ。 けれど向けられた怒りが落ち着いてくれるのには、少々時間が必要だ。 だから今は・・・、そっとしておこう。
「にしても錦くんみたいな完璧男子。二次元だけじゃなくて三次元でも本当に実在するんだね。」
「え。」
と思っていたが、今度はフォローをしてくれた男子生徒から、数多くのことを言われる始末。
「錦くん圧倒的な数で女子にモテてるだろ。スポーツ万能、成績も優秀だから先生からの受けもいいし。」
「そんなこと・・・。」
「そして今みたいに謙遜して、それを絶対に自慢したりしないだろ?性格だってヤな奴じゃないしさ。人も叩けば必ず何かしらホコリが出るモノだと思ってたけど、いるんだね〜。錦くんみたいに完璧な二枚目野郎。さっすが理事長のお孫さんって感じ?」
それは俺に対して、よく周りに持たれる話だった。 彼の口だけじゃなく、色んな人に色んな言われ方をされている。 だから俺の中でも『錦 浬は良い子』というイメージが出来上がっていく。
「ねね。どうしたら錦くんみたいにモテれるかな?何かコツとかあるの?ジャイピング土下座したら教えてくれる?」
「コツって聞かれても特にないとしか言えようがー・・。てか、ジャイピング土下座って何?」
まぁ『錦 浬は良い子』でないと困るんだけどね。 この学園の理事長は、俺の祖父。 子供の頃から可愛がってもらっていたお爺ちゃんに、恥をかかすわけにもいかないし・・・ね。
「これでもマジで真面目に聞いてんだよ。僕も錦くんみたいにモテてみたいからさ。男なら誰だって思うって。」
「い、急ぐから、また今度にしてもらっていいかな?これから職員室に行く用があるから。」
「ありゃ、そうなのか。残念。」
「また明日。」
「おぅ、またね。今度、絶対モテる方法を教えてよー!」
ようやくクラスメイトからの、しつこい絡みからやっと解放された俺。 教室を出て、真っ先に向かったのは職員室。 その間にも女子生徒からにはキャーキャーと黄色い声を浴び、男子生徒からには凄まじい視線を浴びさせられたのは言うまでもなかった。
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