「私のことよりも具合はいかがですか?」
「え?」
「私が先ほど送ったメール、ちゃんと確認して頂けましたか?」
「メール?あ、そういえばまだ・・・。」
数学の授業終了後、本来の自分のスマホに着信したメール。 いろいろゴタゴタとしていたというのもあり、それを送ってきた張本人に言われ、やっと今確認する。
『すぐに早退して、ゆっくり家で休んでください。お大事に。』
その内容は昼休みに呼び出される用件ではなかった。
「・・・・・・。」
あの時すぐにでも、このメールを読んでいればよかったのだろうか。 いろんな出来事に遅い後悔をし、神崎先生に返す言葉が何も出なかった・・・。
「それでは駐車場に参りましょうか?」
「えっ。」
「次の授業まで、あまり時間はありませんから少し急ぎましょう。具合はどうですか?歩けれますか?」
「はい、大丈夫です。けど荷物がまだ教室に。」
「ご心配なく。保健室くる前に及川くんから浬くんの鞄を預かってますから、ご安心を。」
そして俺は神崎先生と一緒に保健室を後にする。 フラつきそうになると、必ず神崎先生は俺を支えてくれた。 また誰のことを思い、誰のことに気を遣ったのか。 神崎先生の車に乗り込んだ俺は、助手席ではなく後部座席を選ぶ。 そうして走り出した車は俺の家へと向かって行く。
「・・・あの、どうして。」
「はい?」
「どうして神崎先生が、送ってくれるんですか?」
どうして彼はこんなことをしてくれるのだろう。 いくら時間が空いていて俺の担任に頼まれたからとはいえ、この人だって断ることぐらいできるはず。 少なくとも俺はこの人に好かれていない・・・はず。 なのに、どうして。
「・・・そう、ですね。どんな理由でも、きちんと責任は取らなければなりませんから。」
「責任?」
「浬くんが風邪を引いてしまったのは、私にも原因がありますので。」
すると神崎先生は真っ直ぐ前を見て車を運転しながら、そう答えてくれた。 理由。 責任。 原因。 聞き取った言葉の中で、何故かその三つの単語が頭に残る。 バックミラーに映って見える神崎先生の顔すら、まともに見られなくて、視線を窓の外に向けさせた。 そこから二人は何も言葉を口にせず、流れるラジオのBGMが、まだこの沈黙を賑やかせているようだった。
それから少しの時間が経ち、神崎先生の車は俺の家の前へと到着。 俺はゆっくり車から降りると、それに合わせて神崎先生も車から出てくる。
「神崎先生。ありがとう、ございました。・・・ここまででいいです。」
人としての礼儀を。 ここまで送ってくれた訳はどうであれ、律儀に頭を下げてお礼を言う。 その時、
「浬くん。ご都合悪くなければキッチンをお借りしてよろしいですか?まだ少し時間ありますし、よければあったかいレモネードお作り致しますよ。」
「え?」
神崎先生は何を考えているのか。 ニッコリとした優しい笑顔で、そう言ってきたのだった。 そんなまさかの彼に唖然とする俺。 それを聞いて、ちょっと(?)心が弾んだけれどー・・。
「だから今、親いないから。」
チラッと家を横目で見て、この誘いに乗れない訳を話す。
「ですから。浬くんのご都合が悪くなければ・・・です。」
「・・・・・・。」
気にしているのは俺だけなのだろうか。 それを言っても全くもって動じない神崎先生。 わざわざ言い方を変えて、もう一度そう口にする。 知らない人・・・ではない上、お世話になってる先生だから、勝手に家へ上げても両親もきっと怒られないはず。 だけど親がいないということは、つまり俺と神崎先生の二人きりの時間がまだまだ続くというわけで、学校と違って邪魔なモノは何もないから余計に緊張してしまう。
「・・・少し散らかってますけど、それでもよければどうぞ。」
「よかったです。・・・断られなくて。」
けれど結局、神崎先生をこのまま家を招くことにした俺。 そんな思いにドキドキさせながら玄関を開け、一緒に中へと入った。
|