授業が始まる本鈴が校内中に鳴り響く。 神崎先生は本日、この時間帯に受け持つ授業はなかったのだろうか。 職員室の自分の机にノートパソコンを出し、次の授業で使う教材プリントを作成していたのだが。
「・・・。」
思いのほか、あっさりと手に入れてしまった俺のスマホがスーツの内側ポケットにいるせいか。 集中は途切れ途切れになり、手が思うように進まない。 まぁ当然でしょう。 そこには先日の『あの出来事』を映した写真が保存されているのだ。 それを消してしまえば脅されるネタが無くなり、愛してもない男を抱く理由がなくなるのだから。
「・・・・・・っ。」
けれど、ここは職員室。 今は授業中だから少ないけれど、自分以外の職員の姿がボチボチといる。 神崎先生は用心深いことに、慎重に周りの人の行動を気にしていた。 これも当然でしょう。 『あの出来事』が俺以外の誰かに見られてしまう恐れを確実に、100%の確率で避けたい。 それにこれは俺のスマホだ。 他人のプライバシーを気にして、こんな場所では操作できなかった神崎先生は、どこまでも優しい人だった。
「おや?神崎先生どちらに?」
「!」
けれど途切れる集中に耐えれなかったのか。 席を立った神崎先生。
「少しそちらまで。」
「え?」
「お手洗いですよ、お手洗い。」
「え、あ、これはこれは。失礼しました。」
「いえ。」
一番怪しまれない理由で職員室を出て行き、すぐそこの職員用の男子トイレへと向かった。 職員室から近くて、この時間帯ならあまり人が来ないだろうと読んで、最適な場所を選んだのだろう。 トイレに入ったはずの神崎先生は個室にも小便器にも向かわないどころか、用便を足そうとしない。 ようやく内側ポケットから俺のスマホを取り出し、誰もいないと分かっていても、人目を気にしながら操作し始めた。
「・・・っ・・・。」
ロックが掛けられてないことにホッと息を吐き、そのまま操作を続ける。 そして例の写真を探したのだがー・・・。
「あ、あれ?」
どこにも見当たらない。
「???」
どうして?
「どうして・・・?」
フォルダーというフォルダーを全て調べたというのに。 どこにも、それらしき写真が見つからない。 あれだけの脅しをしておきながら、あのあとにあの写真を消した?・・・いや、それは考えにくい。 何故? どうして?
「発信機って、最近特に素晴らしくなったと思いません?ねぇ、神崎先生。」
「!?」
さて。 それでは答え合わせといきましょうか。
「に、錦・・・くん・・・!?」
「特注しただけあって、ここまで正確に情報が把握できるとか。本当に怖い世の中になりましたよね。」
こんな場所で、まさかの俺の声を聴き、肩が竦むほど驚いた声を上げた神崎先生。 振り向くとトイレの入り口には、ジャーシ姿でいる俺が立っていた。
「ど、どうしてここに?今は授業中ですよ。」
「授業?あぁ、かったるかったから体調優れないフリして及川に伝言頼んであります。だから始めから体育の授業なんて出席してないですよ。」
「・・・・・・ッ。」
入り口を塞いで、逃げ道を失わせ。 神崎先生を追い詰める俺。
「あ、そうだ。安心していいですよ。そっちのスマホ、俺のですけど俺のじゃないですから。だから、そっちには入れてませんよ。俺と神崎先生のあの画像。」
「え?」
「毎回誰かに壊されるから、それで7代目。ついこの間、新しいのに替えてもらったばかりでして。」
そして種明かし。 神崎先生が持っているスマホと同じ機種のをもう一つ見せ、論より証拠を示した。
「残念でしたね、神崎先生。もう少し利口に考えれば解ることなのに。」
「・・・ぁ。」
あの出来事。 例の写真。 神崎先生と俺がバッチリと繋がった生々しい写真を見せながら。 『ちゃんとここにありますよ』と、言葉で言わなくても分かって頂けるように伝える。
「神崎先生も、やっぱりそういうことしちゃうんですね。神崎先生ならそんなこと絶対にしないって、これでも信じていたんですよ、俺。」
じりじりと追い詰められる神崎先生。
「でも、しちゃったことは事実ですしー・・・。」
気づいた頃には、直ぐ後ろに冷たいタイルの壁が。
「お仕置きが必要ですよね。ねぇ?神崎先生。」
「っ!!」
咄嗟の判断で、この場から逃げようとしたが、もう遅い。 ガタンッと大きな音を立てて、俺は神崎先生と一緒にトイレの個室へと入った。 ご親切にガチャンと鍵まで掛けて。
「痛・・・っ!」
「大丈夫ですよ、神崎先生。お仕置きと言っても痛いことするわけじゃないですから、怖がらないで下さい。」
「錦、くん。」
「ちゃんと授業が終わる頃には帰しますし、放課後になったら、そのスマホも取りに来ますから。」
押し付けるだけ押し付けて。 優しい声色で俺は笑顔でいるのに、それでも神崎先生は顔は怯えた色に染まってしまう。
「それとも、またあのチョコレート食べます?いちお持ってきてますよ。神崎先生、美味しいって言ってましたもんね。」
「それは・・・っ。」
「説明しましたよね、あの時。アフォ・・・、アフロディズィアックチョコレートだって。効き目凄かったですよね。即効性抜群でしたし。まぁ、高いお金払って手に入れたモノですから、効いてもらわないと困りものですけど。」
それもこれも当然でしょう。 今、神崎先生の目の前にいる俺は『優等生の錦 浬』だけれど、その仮面下にいる本当の俺がいるのだからー・・・。
「まさかあのとき!?」
「まだ疑いもしてなかったんですね?それを食べさせられたこと。」
そんな俺に神崎先生は、されるがままになすがまま。
「まぁ、いいや。それよりちゃんと覚悟した方がいいですよ。今日はこれ以上にヤバいやつも持ってきてますから。」
「どこからそんな物ッ!?」
「細かいことは気にしなくていいんです。」
「ッ!」
「抱けばいいんですよ、俺を。いつも通りに。それだけで俺は許すと言っているんですから。」
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