「───ッ…ぃた…っ!」

 予定日間近、寝ていたら突然腹部に激しい痛みが走る。
 締め付けられるようななんとも言えない痛み。

「ぎ、んちゃん…っ、キたかも。」
「んー……。」

 隣で寝ていた旦那様の体をユサユサと揺らし起こす。
 眠たいのか声はするものの起きる気配はない。
 痛みに耐えながら置時計に手を伸ばし時間を確認すると夜中の2時過ぎ。
 銀ちゃんが簡単に起きないはずだ。
 あたしは気持ち良さそうに眠る銀ちゃんを後回しにし、先に病院に電話をすることにした。
 意外と冷静に判断出来ている自分に驚いてしまう。が、正直怖い。
 でも電話の受話器を持つ手は震えている。
 でもあたしはこの子の母親になるって決めた。
 強くてカッコいい母親になるって。
 そう思えることが出来たのは、きっと今涎を垂らしイビキをかきながら寝ている銀ちゃんのおかげ。
 ………悔しいけど。










「くっ、………ぃっ!」
「んー……?」

 人の声と襖の隙間から漏れる光に目を覚ます。
 いつも隣で寝ているはずの妊婦がいないことにすぐ気がついた俺は、ガバッと勢いよく起き上がり声がする居間へと足を急いだ。

「どうした!?」
「あ、銀ちゃん…起こしちゃっ……た?」

 前屈みになりデカイ腹を片手で押さえ、ソファーの背もたれに手をついて顔を歪ませながら立っているのは、出産間近の俺の嫁。
 どう見たってこれは陣痛っつーやつがお出座しなさってんじゃねーのか?

「いや…起こしちゃった?じゃねーよ!起こせよ!陣痛きてんだろ?」

 『陣痛来たら起こせよ!』と寝る前にいつも言って寝ていた。
 なのに起こすどころか、1人ですげー汗掻いてすげー痛そうにしている。
 何か?俺を起こしてもなんも役に立たねーからって放置プレイか?

「気持ち良さそうに寝てたし…それに昨日依頼あって疲れてるだろうから起こすの悪いなーって……思ったの。」

 ………だからコイツはどこまでいい嫁なんだよ。
 自分の心配するよりまず先に人の心配をする。
 だから俺はコイツに惚れたんだ。
 コイツにはどう足掻いたって頭が上がらない。

「病院には連絡したから……あとは痛みの間隔が10分間隔になったら病院にきてって言われたんだけど…っ、さっき破水しちゃったみたいで…。」
「……破水?」
「それ…にっ……………っあ、──ッく…ッ!」
「えっ、ちょ…どうした!?大丈夫か!?」
「お…登勢さんっ……呼んで…ッ!」
「わ、わかった!待ってろ!」

 俺は言われるがまま急いで下に掛け下りる。
 靴を履いてないとかそんなんどうでもよくて。
 とにかく今はアイツの言う通りにすることしか俺には出来ないから。
 俺は閉まっている店の玄関を「ババアー!起きやがれ!」と怒鳴りながら叩きまくった。

 ───ドンドン!

「頼む…ッ!ババア!アイツを助けてやってくれ…!」

 俺じゃなにも出来ないから。
 早く──!


「泣き叫ぶなんて珍しいじゃないか、銀時。」
「近所迷惑ダロ。」
「銀時様、落ち着いて下さい。あなたがしっかりしなくてはいけないのではないですか?」

 自分が泣いてたなんて言われるまで気が付かなかった。
 どうもガキが出来てから涙腺が脆くなっちまってるらしい。

「どうやら産気付いたようだね。キャサリン、たま、手伝っておくれ。銀時、お前は早くタクシーでも捕まえてきな。泣いてる場合じゃないよ。お前とあの娘の大切な命が生まれるんだろ?父親のお前がそんなんじゃ子供がかわいそうだ。しっかりしな。もうお産始まってんだから、ちゃんとあの娘を支えてやんな。泣くのは生まれてからにしな。」

 ババアの言葉が重く俺にふりかかる。
 ずっと…ずっとこの日を想像してきた。
 俺はアイツに何が出来るんだろうって…。
 本を読んで、アイツとマタニティー教室に行ってイメージトレーニングまでしてきたのに……。
 今の俺はどうだ?
 アイツも、
 腹ん中のガキも、
 頑張ってるっていうのに、俺は痛がってるアイツ見ただけで気が動転しちまって…情けない。
 大黒柱の俺が何があってもアイツらを護るって決めたのに。
 俺はババアに言われた通りタクシーを捕まえに無我夢中で走った。









「っおぎゃぁっ、おぎゃあっ、おぎゃぁっ!」
「おめでとうございます!元気な男の子ですよー!」
「…っはぁ…ありがとうございます…!」

 目の前に元気な産声をあげて現れたのは、顔を真っ赤にさせた猿顔のガキ。
 助産師さんに抱っこされ泣きじゃくっている。
 そしてそのまま嫁の元へと連れてこられ抱っこされた。
 これがカンガルーケアということも本で読んでいたから頭ではわかっていた。
 だけど俺は何も言えずただその光景を黙って見ていた。

「お父さん、お子さん抱っこされますか?」

 その助産師さんが立ち尽くしている俺に向かって声を掛けた。
 "お父さん"……そうか俺、父親になったんだよな……なんてまだ自覚がいまいち湧かない俺。
 そんなことを考えている間に我が子は沐浴させられあっという間に服を着させらていて「はーい、どうぞ」と我が子を渡された。

「ちっ…せーなー……!」

 初めての抱っこ。
 ちっこくて、正直どう抱いていいのかわからない。
 多分端から見れば抱き方がぎこちなくおかしいだろう。
 腰が引けているのが自分でもわかる。

「ふふ、パパ泣き虫だねー!」
「…は?」

 ベッドに横になりながら「ねー!」と我が子に話し掛けてくる嫁さん。
 泣き虫って…もしかしてババアから聞いたのか?と問い返そうとした時、

「だって泣きながら抱っこしてるんだもん。自覚ないの?」

 なんて言葉を投げ掛けられる。
 おいおい…勘弁してくれよ涙腺さんよ?
 ちょっと元栓緩すぎやしませんか?
 垂れ流しじゃね?
 どんだけ流したら気が済むんだよ……。
 でも───。

「普通に……嬉しいんだよ。生んでくれてありがとうな。」

 いつの間にか空は明るく朝になっていた。
 雲一つない晴天。
 家族が増えたこの日、この瞬間を俺は一生忘れない。

「あ、銀ちゃん。タクシーのおじさんが泣きじゃくる銀ちゃん見て御代金タダにしてくれたってほんと?お登勢さんから聞いたんだけど。」

 ただこの記憶だけは忘れたい。







 end.



20210407 修正


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