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車の中に高月を見つけた瞬間の幸せと言ったら、天にも昇る気持ちだと言ったところでまだ足りない。胸の奥からあたたかいものが溢れ、目の前に光が踊る。内側からドアを開けてくれ、「おはよう」と言われた瞬間、梨緒は魔法にかけられたように満たされた気持ちになる。
だから今こうして隣で同じ水槽を見上げていると、幸せで溺れそうなほどだった。
いつもよりもラフな服装の高月は、ポケットに手を突っ込むという学校では絶対に見せない格好で梨緒の指さす方を眺めている。腕が触れ合うその近さに心臓が暴れ出していることなど、彼はきっと知らないのだろう。
「ね、わたしたち、周りからはどう見えてるのかな」
思わず零れた一言に、高月はぱちくりと目を瞠り、「あー……」と意味のない声を発した。目は水槽の中の魚に向けられたままだ。
周りは親子連れが多く、若いカップルなどはもう少し離れた場所にある大きな水族館へと流れていくのだろう。梨緒のすぐ横で、幼稚園児くらいの子どもが歓声を上げて水槽にへばりついた。
「年の離れた兄妹とかだろ。夏休みだし、親戚とかな」
「……そっか。じゃあ、いいよね」
なにがと聞かれる前に、梨緒は高月の腕に自らの腕を絡めた。少しだけ大きくした声で「ひろちゃん、次はあっち!」と笑う。
ここまで堂々としていれば、誰も自分達を疑わない。高月の言ったとおり、親戚かなにかだと思ってくれることがほとんどだ。それには、梨緒の呼び方も関係しているのだろう。
早起きして丁寧に編み込んだ髪が、水槽に反射して揺れていた。花の髪飾りの間を魚が泳いでいくようで、その光景はどこか神秘的だった。
「そういえば、長岡の花火大会、今日らしいな」
「え?」
「前に言ってたろ。葉山が行く予定にしてるってやつ。友永の実家が新潟らしくてな。小さい頃はよく見に行ってたって話してた」
「友永せんせ、新潟出身だったの? じゃあ、今日も帰ってるのかなぁ」
「どうだろうな。最近は帰ってないって言ってたからなぁ」
同じ英語教師ということもあって、高月と友永はわりと親しくしているようだ。友永は生徒に対してプライベートな話は避けているらしいから、実家の情報など知る者はほとんどいないのだろう。
とはいえ、彼に興味の薄い――むしろ皆無だ――の梨緒にとっては、そんな情報は「へえ」と思うくらいでしかなかった。
「ひろちゃんって、友永せんせとどーいうお話するの?」
「どういうって、別に普通だな。授業のこととか、生徒のこととか、あとはまあ、世間話」
「ふーん。そっかぁ」
「――お、そろそろアシカショーの時間だが、行くか?」
「うん、行く!」
友永の実家にはさして興味がなかったが、雪乃が見に行く花火大会の様子は気になった。今宵、雪乃は夜空に浮かぶ大輪の花を眺めて楽しむのだろう。
ふと、新潟まで行けば周りを気にせず花火を見れたのではないかと思って言ってみたが、呆れた顔で「葉山がいるんだろ」と切って捨てられた。確かにその通りだ。そんなところで雪乃に見つかったら、もうなにも言い逃れできない。
辿り着いたショー会場は夏休みだというのに人もまばらで、それでも張り切るお姉さんと愛らしいアシカ達の姿は見ていて癒された。子どもと一緒になってぶんぶんと手を振る梨緒に、高月が優しい眼差しを向けていたことを知っている。こんな様子だから、子ども扱いされるのだろうか。
ショーを見終わって大水槽を眺めていたところで、高月が腕時計に視線を落とした。
「まだ暑いだろうし、日が落ちてきた頃に出るか。少し走らせればそう人もいないだろうし、あまり遅くなっても困るからな」
「え、大丈夫だよ。だって、お母さんには今日泊まるって言ってきたもん」
「は? ――はあ!? 泊まりってお前、なに考えてっ」
「あ、心配しないで。ひろちゃんちに泊まるつもりとかじゃなくて、ちょっと時間気にせず遊びたかっただけだから。ネカフェとかに泊まるからへーきだよ」
「無理に決まってるだろ、未成年!」
「ええー、じゃあカラオケ?」
「んなもん補導されるわ!」
ぴしゃりと叱りつける高月はどこか焦っていて、何時に帰そうかと思案しているようだった。難しい顔をしているところはかっこいいけれど、それでは困る。――だって、せっかくの夏休みなのに。