3 [ 22/39 ]


「今回のお話はこれかなー。おばさん、心当たりある?」

 そういって見せられた本の表紙には、見覚えのあるイラストが描かれていた。
 つい先日、二階の物置から発掘したものだ。孫が生まれてすぐに買った絵本。きゃっきゃと喜んでいた孫も、今ではすっかりかわいげをなくしてしまった。懐かしいなあと思って見ていたそれは、確かに元の場所に片づけたはずだったのに、どうして少年の手元にあるのだろう。

「その様子じゃ、あるみたいだね。『あかずきん』かー。……ま、カイルくんがいれば大丈夫かな?」

「おいおいちょっと待てよ、今回栞は!?」

「栞は今、『羅生門』の視察に行ってるから無理ー。大丈夫だって、カイルくんだって優秀なブックマーカーなんだし!」

「勝手にブックマーカーにすんな! 俺はなった覚えない! お前が勝手に呼び出していいように使ってるだけだろうが!」

「えー、そうだっけー?」

 完全に置いてけぼりになってしまった雪枝は、慌てて二人の会話に口を挟んだ。もう頭の中では糸がぐちゃぐちゃに絡み合い、一人ではほどけない状態になってしまっている。

「ちょ、ちょっと! いったいどういうことなの? あかずきんだとか、ブックマーカーだとか……。あなたたち、いったいなにを言っているの?」

 「全部説明してちょうだい!」縋らんばかりにそう言うと、二人は顔を見合わせて嘆息した。

「――ど? カイルくん、あのときのぼくらの気持ち、分かった?」

「…………多少は」

「でしょー? ここで説明するのって結構面倒くさいんだよねー。迷子さんに時間がないのはカイルくんが一番よく知ってるし。――ってことで! ちゃちゃっと行ってきて下さいなー!」

「はぁ……。おばさん、手貸せ。説明はあとでするから」

「え? えっ!?」

 赤毛の若い男に手を握られ、年甲斐もなく雪枝の心臓が跳ねる。そのまま引き寄せられ、しっかりと腰を抱かれた瞬間、ふっと気が遠のきそうになってしまった。
 暴れ狂う心臓に気を取られていたせいで、雪枝は気づかない。締め切ったはずの店内に、ぐるぐると渦巻く風が生まれていたことを。床に散らばった本の中でたった一冊だけ、ページがぱらぱらと捲れていくことを。
 ぶわっと髪をさらう強風が吹いたそのとき、雪枝の腰を抱く男が開かれたページに手を押しつけた。

「ブックマーク、開始!」

 閃光が弾ける。目を焼くそれに強く瞼を下ろし、悲鳴は風に飲み込まれた。若い頃に乗ったジェットコースターに似た感覚が内臓を襲う。どこかに吸い込まれていくような感覚。全身が粟立つ。
 混乱の最中にいる雪枝の耳に、かすかにあの少年の楽しげな声が届いた。

「本の世界へようこそ。無事に帰ってきてね〜」



 そして彼女は、まるでおとぎ話のような世界に身を落とすのであった。


(タイムリミットは24時間)
(命を懸けた童話からの脱出劇が、今始まる――)

[*prev] [next#]
しおりを挟む

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -