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「今回のお話はこれかなー。おばさん、心当たりある?」
そういって見せられた本の表紙には、見覚えのあるイラストが描かれていた。
つい先日、二階の物置から発掘したものだ。孫が生まれてすぐに買った絵本。きゃっきゃと喜んでいた孫も、今ではすっかりかわいげをなくしてしまった。懐かしいなあと思って見ていたそれは、確かに元の場所に片づけたはずだったのに、どうして少年の手元にあるのだろう。
「その様子じゃ、あるみたいだね。『あかずきん』かー。……ま、カイルくんがいれば大丈夫かな?」
「おいおいちょっと待てよ、今回栞は!?」
「栞は今、『羅生門』の視察に行ってるから無理ー。大丈夫だって、カイルくんだって優秀なブックマーカーなんだし!」
「勝手にブックマーカーにすんな! 俺はなった覚えない! お前が勝手に呼び出していいように使ってるだけだろうが!」
「えー、そうだっけー?」
完全に置いてけぼりになってしまった雪枝は、慌てて二人の会話に口を挟んだ。もう頭の中では糸がぐちゃぐちゃに絡み合い、一人ではほどけない状態になってしまっている。
「ちょ、ちょっと! いったいどういうことなの? あかずきんだとか、ブックマーカーだとか……。あなたたち、いったいなにを言っているの?」
「全部説明してちょうだい!」縋らんばかりにそう言うと、二人は顔を見合わせて嘆息した。
「――ど? カイルくん、あのときのぼくらの気持ち、分かった?」
「…………多少は」
「でしょー? ここで説明するのって結構面倒くさいんだよねー。迷子さんに時間がないのはカイルくんが一番よく知ってるし。――ってことで! ちゃちゃっと行ってきて下さいなー!」
「はぁ……。おばさん、手貸せ。説明はあとでするから」
「え? えっ!?」
赤毛の若い男に手を握られ、年甲斐もなく雪枝の心臓が跳ねる。そのまま引き寄せられ、しっかりと腰を抱かれた瞬間、ふっと気が遠のきそうになってしまった。
暴れ狂う心臓に気を取られていたせいで、雪枝は気づかない。締め切ったはずの店内に、ぐるぐると渦巻く風が生まれていたことを。床に散らばった本の中でたった一冊だけ、ページがぱらぱらと捲れていくことを。
ぶわっと髪をさらう強風が吹いたそのとき、雪枝の腰を抱く男が開かれたページに手を押しつけた。
「ブックマーク、開始!」
閃光が弾ける。目を焼くそれに強く瞼を下ろし、悲鳴は風に飲み込まれた。若い頃に乗ったジェットコースターに似た感覚が内臓を襲う。どこかに吸い込まれていくような感覚。全身が粟立つ。
混乱の最中にいる雪枝の耳に、かすかにあの少年の楽しげな声が届いた。
「本の世界へようこそ。無事に帰ってきてね〜」
そして彼女は、まるでおとぎ話のような世界に身を落とすのであった。
(タイムリミットは24時間)
(命を懸けた童話からの脱出劇が、今始まる――)