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 ――理解できねェ。
 ミーティア、ハインケル、奏が出ていったあとの一室で、アカギは心中でそう呟いた。二人の研究者の指示で赤坂姉妹に薬銃の扱い方を教えたが、それだけで彼女達が身を守れるとは到底思えない。
 低レベル感染者であれば、薬銃で動きを封じることは可能かもしれない。けれど、高レベル感染者ともなれば、自分達でも苦労する相手だ。素人なら一瞬で餌食になるだろう。
 それを分かっていないからなのか、あの女は自ら「囮になる」だなどと馬鹿なことを言い出した。確かに、自分達の狙いがそこにあったのは否定しきれないが、この現状でその道を選ぶつもりはなかったのだ。事態は刻一刻と深刻化している。
 色を入れたという短い茶色の髪と、勝気そうな黒い瞳を思い出す。言葉は悪いし、態度もでかい。すぐに手が出る暴力女。そんな彼女は、自分達が思いもしないことを言い出すのだから恐ろしい。
 あれは白の植物の恐ろしさを知らないから、あんなことが言えるんだ。あの化け物はすべてを奪う。身体も、意識も、矜持も、尊厳も。残された者の未来すら、根こそぎ奪っていく。
 知らない者にはその恐怖は分からないだろう。ただ植物が白く変わるだけ。他プレートの人間は、誰しもがきっとそう考える。

 ぼんやりと壁にもたれていたアカギは、ずっと俯いてなにも喋らない妹の方へ目を向けた。
 姉の奏とは違って、こっちは随分と大人しい。必要以上に口をきかないし、いつもびくびくと怯えている。そのくせ視線は自分達を責めてくるのだから煩わしい。「どうしてこんな目に遭うの」「どうして守ってくれないの」目は口ほどにものを言うと言うが、彼女の場合はまさにその通りだ。
 対照的な姉妹だ。どちらも苦手なタイプの女ではあるが、どちらかといえば、アカギは穂香の方が苦手だった。心の機微を読み取るのは得意ではないが、そんな自分でさえ感じ取れる不満に、「はっきり言え」と怒鳴り散らしてやりたくなる。陰鬱な空気もうんざりだ。ハインケルとどこか似ていると思ったが、あの博士は研究のこととなると饒舌になる。あちらの方がまだマシかもしれない。
 今頃、奏はなんらかの処置を受けているのだろうか。
 あの研究者達は優秀だ。奏の気配がより濃くなるよう、なにか細工を施しているのかもしれない。
 沈黙に飽きてきた頃、ナガトがそっと椅子を引いて穂香の隣に腰かけた。先ほどまで奏が座っていた席だ。背もたれは木製だが、伸縮性があるために柔らかく背を受け止める。だが、ナガトは背を預けることなく、やや前のめりになって穂香の顔を覗き込んだ。

「ほのちゃん、大丈夫? ……なわけないか。待ってる間、せっかくだから練習しておこうか。さっきも教えたけど、一時間かそこらでマスターできるもんでもないしさ」
「え……、あの……」
「はい、とりあえず薬銃握って。構えてごらん。――ええと、よし、一回立ってみようか。こっちおいで」

 半ば強引に手を引いて、ナガトは穂香を立たせて部屋の隅へ誘導していった。相変わらず女の扱いには手慣れた男だ。穂香の僅かに赤くなった頬を見て、女好きの同僚に対してどこか気抜けする。
 困惑しきりの穂香の背後に回ったナガトは、あろうことかそのまま後ろから抱き締めるようにして穂香に薬銃を構えさせた。小さな手を自分の手で覆って構え方を教えているが、どうせ穂香の頭には入っていないだろう。彼女の耳は燃えるように赤く染まり、瞳は泣きそうなほどに潤んでいる。
 ああまったく、気弱な少女に同情を禁じ得ない。あの様子では男慣れなどしていないだろうから、彼女の心臓は破裂せんばかりに高鳴っていることだろう。「バッカじゃねェの」ぽつりと零した言葉は届いたのか、否か。もはやどうでもいい。


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