2 [ 69/225 ]


「お前が今、余計なことを考えたところでどうしようもねぇよ。目の前の仕事をなんとかしろ」
「分かってます。でも、気になっちゃうんです。他プレートで感染拡大してることとかも。それに、ヒュウガ隊の……」
「ポンコツ。大人しくできねぇなら、目ぇ回るほどの仕事をくれてやろうか?」

 地を這うような声音に、キッカはさっと顔を青褪めさせてキーボードを打ち鳴らした。端末画面には意味不明な文字列が打ち込まれていくが、今は仕事をしているそぶりがなによりも大切だった。
 ギンガはやると言ったらやる男だ。それこそ不眠不休で臨まなければならない仕事を与えられるに違いない。

「大丈夫ですっ、大人しくしてます! ええっと、次は王族の歴史を記事にしないと!」
「王族の歴史ぃ? 企画書はどうした」
「それと並行してます! 一般向けに、空軍の歴史を書いたパンフレットを作るって言ってたじゃないですか。軍発足の起源を語るなら、王族の歴史は必須でしょう? その部分の担当になったんです、私」

 日頃はカメラマンとしての活動が多いキッカだが、こうして文章を任されることもある。元より調べ物が好きな性格だから、学生の頃からレポートは苦にならなかった。

「まあなんでもいいが、あんま突っ込んで書くなよ。今も昔も、王族問題はデリケートだからな」
「分かってます。特に、今回は一般向けのものですから」

 それでもどこか疑うような目を向けてくるギンガに、キッカは子どものように唇を尖らせて抗議した。
 どれほど信用がないのかと拗ねたくもなるが、一度熱中すると暴走しがちな自分を自覚してもいるため、あまり強くは出られない。ギンガの吐いた溜息が、もうこれでこの話は終わりだと告げていた。
 二人きりの広報室に、キーボードを叩く音だけが響く。
 もうすっかり慣れてしまった轟音を連れて、空から飛行樹が戻ってきた。


+ + +



 狭くもなければ、広くもない。天井は穂香の部屋と同じくらいの高さだ。閉塞感を感じるような場所ではないのにもかかわらず、穂香は息苦しさを感じていた。
 逃げ場を探して視線を彷徨わせると、ふと壁の色が柔らかな薄黄緑をしていることに気がついた。よく見れば、壁紙には小さな若葉が散りばめられている。会議室のような堅苦しい雰囲気には少々愛らしすぎる壁紙だったが、“彼らの世界”の状況を思い出してはっとした。それほどまでに、彼らは緑に飢えているのか。黙して語られる心境に、胸がぞくりと騒ぎ立つ。
 パイプ椅子に優雅に腰かけてコーヒーを楽しんでいたミーティアは、穂香達が椅子に着くなり「さっそくだけれど」と口火を切った。

「アナタ達には、言わなければならないことがたくさんあるの。大切なお話よ。――ハインケル博士、お願いできますかしら」
「え、あっ、あ、うん! あ、じゃなくて、はい……。ええと……」

 言わなければならないこと。つまり、聞かなければならないこと、だ。今からなにを聞かされるのだろう。本来なら、今頃穂香が聞かなければならないのは担当教師の授業のはずだった。この時間なら数学だ。複雑な数式と向き合っているはずの時間に、自分は一体なにをしているのだろう。
 日常に満足していたとは言えない。だが、大きな不満はなかった。単調な日常を甘受していた。激しく波打ち、足元を掬われるような波乱に巻き込まれる日が来るなど、想像だにしていなかったのだ。


[*prev] [next#]
しおりを挟む

back
top

「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -