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迷いの欠片に光あれ *10




 その手は緑を生み出した。
 奇跡の緑を人々は尊び、その恩恵を求めた。
 けれどそれは、本当に奇跡だったのか。
 その問いかけは、世界の禁忌とされている。



 メールに添付された画像を確認しながら、キッカは零れ出る欠伸をひっそりと書類の奥に隠した。昨夜は気になる番組があって、ついつい夜更かししてしまったのだ。そんなくだらない理由で職務中に眠気を催しているなどと知られれば、厳しい上官はそれこそ鬼のような形相で叱りつけてくるだろう。
 ばれていないだろうかと探るように上官に目を向けたキッカは、まさに想像した通りの鬼のような形相と目が合った。

「――ポンコツ。このクッソ忙しいときに欠伸たぁ余裕だな。え? 企画書はもう上がったのか? どうなんだ?」
「え、いや、あのー、それがまだ……」
「ああ?」
「いっ、今やってますぅ! 今日の夜っ、いえ、夕方までには必ず!」
「ったりめぇだろうがボケ! お前が無駄に『ここはもっとこだわりを持ちたいんです!』とかなんとか抜かすから全部任せてんだ、一人できっかり仕上げなかったらぶん殴るからな!」

 ヴェルデ基地広報部の次期室長と言われているギンガ一曹の大喝に、キッカは小動物のように居竦まって情けない声を上げた。元は実戦部隊にいた男なだけあって、その迫力は根っからの非戦闘員とは比べ物にならない。
 よく言えば切れ長の、悪く言えば目つきの悪い双眸をこれでもかと鋭くさせ、ギンガはキッカを睨みつけた。

「どうせお前、夜中に“あの会見”見てたんだろ」
「えっ……」
「ポンコツの習性くらいお見通しだ、馬鹿」

 広報室には今、ギンガとキッカの二人しかいない。他の隊員達は皆、取材やなにやらで出ている。がらんとした室内で、キッカは外から聞こえてくる飛行樹のエンジン音に意識をやった。
 脳裏に浮かび上がるのは、昨日見た会見の映像だ。
 テールベルト国家軍政省緑花防衛大臣が発表した「緑花区域拡大計画」。それはおそらく、特別浄化区域の拡大を目指すということだろう。
 現在、テールベルトにおける特別浄化区域は国土の五分の一にも満たない。植物を“緑のまま”保持する特別浄化区域は、開発と維持に莫大な費用がかかる。安全と確認された白植物を保つ浄化区域でさえ、二分の一もないのが現状だ。
 居住区は安全別にランク付けされ、最低でも第三浄化区域に分類されなければ安全とは言い難い。都会と呼ばれる栄えた地域は第一、第二浄化区域がほとんどだが、地方となるとそうはいかない。自治体ごとに対策が練られているが、いつ感染者が発生してもおかしくない場所に定住を余儀なくされる場合も少なくはない。
 技術と環境の向上により、日常生活における感染リスクは一昔前と比較して格段に低下した。とはいえ、「絶対に感染の危険性がない」と言い切れる場所は特別浄化区域しか存在しない。誰もが特別浄化区域の拡大を望んでいたが、現実的に見て開発は困難とされていた。

「ギンガさんも見てたんですか?」
「“ギンガ一曹”だ、仕事中は階級で呼べ。――ま、アレを生中継せずに深夜に流すって時点で、なんかあるっつってるようなもんだろ」
「……ですよねぇ」

 政府の発表など、よほどの大事でない限り国民の知らぬまま提案・可決されることも数多い。だが、あの会見を大々的に行わないのはどう考えても不自然だ。詳細は伏せられたままだったが、劇的に特別浄化区域が拡大されることとなれば、恩恵を受けるのはテールベルト国民だけではない。世界的に見てもかなりの希望を秘めた計画となる。
 だからこそ、期待を煽りすぎないように配慮されたのかとも考えたが、ならばわざわざ単独の会見を行うことにも違和感がある。
 むう、と唸ったキッカの頭に、ギンガの放ったペンがキスをした。さほど強くは投げなかったのか、こつんとした小さな痛みが走っただけだ。それが厳しい上官の「こっちを見ろ」という合図だと知っていたキッカは、大人しく意識をギンガに戻す。


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