6 [ 63/225 ]

 やっと本題に入れると思ったところで、余計な小娘の乱入だ。昇降口のすぐ近くでは、風が吹き込むたびに砂埃が舞う。穂香が時折苦しそうに咳を零していたが、小娘は構う様子もなく声を荒げていた。

「るっせェな、赤坂を赤坂だっつってなにが悪い。こちとら急いでんだ、お前になんざ構ってる暇ねェんだよ」
「やから、いま、ほのちゃんを目立たせるようなことせんとってって言ってんの!」

 声を抑えながらも怒鳴るという器用な真似をした小娘のスリッパには、山下とマジックで書かれていた。穂香が「郁ちゃん」と呼んでいたから、彼女は山下郁というらしい。
 郁の言わんとしていることを理解したのは、耳まで赤く染めた穂香が、なにかから隠れるように俯く姿を見たときだった。引っ込み思案な穂香にとって、注目を浴びるのはストレスにしかならないのだろう。
 郁に引っ張られて人気(ひとけ)のない昇降口の隅に来たが、それでも時たま人の視線を感じることがある。それは生徒のものだけではない。事務室から向けられるものや、職員用トイレを使用する教師のものもあった。
 この学校で「赤坂」は、どうやら知れ渡りすぎているらしい。その理由を疑問に思ったとき、一つの心当たりが早馬に乗ってアカギの頭を駆け抜けていった。気がついてしまえば、なんとも言えない座りの悪さに襲われる。

「あんたがほのちゃんの知り合いなんは分かったけど、迎えにくるんやったらもうちょっと融通利かせたってや。あんたみたいなオッサンが学校に乗り込んできて、いきなり『赤坂呼べ』なんてちょっと怖すぎやろ!」
「オッサン!? ちょっと待て、俺はまだ二十三だ!」
「ええー! うっそ、なにそれ、見えん! 老け顔!」

 遠慮の欠片もない女子高生の素直な感想にばっさりと胸を切られ、一瞬くらりと視界が揺れた。確かに実年齢以上の顔立ちをしているが、こうまではっきりと言われたのは初めてだ。ナガトの方が一つ年上にも関わらず、いつだって自分の方が年上に見られる。ナガトが童顔なせいだ。彼は実年齢以下に見られる場合がほとんどだったので、それもこれもすべて彼のせいだと思っていたのだが――どうやら、原因は自分にもあったらしい。
 思いがけない精神攻撃に呆気に取られていると、チャイムが鳴り響いた。穂香は目に見えてそわそわし始めたが、郁には動揺する様子が見られない。授業は遅刻するつもりでいるらしい。

「とにかく! こないだのガイジン騒ぎもそうやし、いま変にほのちゃん目立たせんといて! せっかくあのことも忘れられて――」

 途中で言葉が途切れたのは穂香への配慮だったのだろう。“あのこと”――穂香の父が、感染した少年の自殺現場に居合わせてしまったことに違いなかった。
 そういった諸々の事情が穂香の肩身を狭くさせていると思うと、こちらの事情が原因なだけに立場はぐっと弱くなる。青臭い感情だけで物を言う目の前の少女の方が、幾分か大人びた正論を吐いているようにさえ思えてくるのだから不思議だ。
 ――ちくしょう。だからガキの相手は嫌だったんだ。
 確かにやり方が乱暴だっただけに、こちらからはぐうの音も出ない。これがナガトであれば、穂香も郁も纏めて口八丁手八丁で丸め込んだに違いない。そもそもナガトならば、こんな騒ぎにすらしないのだろう。職員すら手玉にとって、スムーズに穂香を連れ帰っている未来が簡単に想像できた。

「うちら大事な時期やねんから! 特にほのちゃんは繊細なんやし、余計なことからは守ってあげなあかんの!」
「あーもう、わァった、俺が悪かった! 次からは気をつける! 赤坂も悪かったな」
「やから名前っ!」
「穂香! ――くっそ、やってられっか! 行くぞ!」


[*prev] [next#]
しおりを挟む

back
top

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -