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 腕を掴んで踵を返すと、すぐさま郁の怒号が飛ぶ。自分の高校時代にも、こんな風に正義感の強い生徒はいた。学園祭などでは妙に張り切り、クラスの統率を取ろうとする実行委員長だ。誰か一人が泣くと、烈火のごとく怒っていたのを思い出す。
 そんな中高生の「守ってあげなきゃ」理論はむず痒く、耐えきれなくなってアカギは叫んだ。

「るっせェ、こいつは俺が守る! それで文句ねェだろっ!!」 

 勢い余って口に出した台詞がどれだけの威力をもって己を辱めるか、このときのアカギはまだ気がついていなかった。火が出そうなほどに顔を赤くさせた穂香と、きょとんと目を丸くさせる郁を見ても、これっぽっちも。
 靴を履き変えさせた穂香をバイクに跨らせ、しっかりとしがみつかせてエンジンをかける。たちまち上がりそうな悲鳴は、ヘルメットを被せることで押し込んだ。


* * *



 芽吹く、咲く、散る、枯れる。
 美しいままに時が止まればいいのに。
 そうすれば、汚い姿を見なくて済むのに。
 美しいまま、枯れる。
 色が、消える。


* * *



「君は少し、世間を知らなさすぎますねぇ」

 そう言ったのは誰だったろう。


 時折、頭が割れそうに痛むことがある。それは大抵が寝不足だったり疲労が溜まっていたりするときで、仕方ないと諦めることがほとんどだ。薬を飲めば治るし、放っておいても治る。ならば特に気にする必要もないだろう。医者にかかるのは好きではなかった。彼らはいつも、ハインケルを汚物を見るような目で見る。
 普段ならば気にも留めないのだが、ここのところその頭痛が酷い。頻度は日頃の倍だろうか。その回数も長さも、痛みの程度も増している。スツーカが心配して頭上を飛び回るが、その羽音すら痛みを増幅させていく。
 空気が合わないのだろうと、痛みの中で考えた。このプレートの空気は汚れている。向こうでは循環システムの整った環境で過ごしていたのだから、それも当然といえば当然だった。
 激痛が貫く頭を抱えてうずくまるハインケルの姿は、ビリジアンの人間にとって庇護欲をそそるものだったらしい。特に女性職員は積極的に手を貸し膝を貸し、ハインケルの状態がよくなるまで付き添ってくれることがたびたびあった。
 ――だが、今回は。

「くっ、う、あ……っ、あぐ、っ」

 まるで頭や胸を内側からなにかに突き破られるような感覚に、眦を涙が滑り落ちていく。乗り合わせていた医官が必死に状態を看てくるが、為す術もないようだった。今までとは比較にならない痛みが身体を襲っている。
 ――痛い痛い痛い痛い痛い痛い!
 涙が止まらない。のたうち回りそうになる身体を医官によって押さえつけられる。内懐に入れた鎮痛剤を噛み砕くが、効果は一向に現れない。三十分だ。かれこれこの激痛と三十分、休みなしで戦っている。
 まさか感染したのだろうか。
 先日の高レベル感染者の襲来を思い出してぞっとする。おぞましい光景だった。寄生者を出した以上、感染した可能性は捨てきれない。
 そこまで考えて、ハインケルは首を振った。苦しみで振ったものか、考えを否定するために振ったものか、自分ですらよく分からなくなってきていた。
 ――感染はしていない。症状が違う。
 今の自分はきちんと自我がある。幻覚も見ていなければ、幻聴も聞こえない。捨てきれない現実の感覚のせいで、ここまで苦しんでいる。理性がある。この痛みは幻ではない。
 本当にそうだろうか。本当にこれは現実なのだろうか。理性はあるのだろうか。この痛みさえ、この考えさえ、妄想ではないのか。この身体には、あの忌々しい植物が手を伸ばして――、

「ハインケル博士っ!」


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