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うちだけじゃないんだとどこか安心しながら、クリックもせずにタイトルだけを流し見る。結局なんの収穫もなかったが、逆を言えば、大した病気ではないということだ。
新聞を読む代わりに、インターネットでトップページのニュースをいくつかさらう。物騒な事件が最近続いているらしい。『薬物中毒者が信号待ちの老人を刺殺』『未成年者、宝石店に押し入る』――その中で唯一、ほっと一息つける記事があった。
『新たな鉱物か!? 富士の樹海で純白の結晶発見』
写真に写っている結晶は、抜けるような白さで美しい。不思議なことに蜂の形によく似ているので、蜂型結晶とひとまず呼ばれるようだ。まるで宝石のようで、こんなブローチがどこかで売っていてもおかしくはなさそうだった。
真新しいニュースはそれくらいで、夕方のニュースでも重く悲惨なものが数多い。
「ほの、お風呂入りやー」
湯上がり姿の奏に呼ばれて、風呂場へ向かう。
青い花柄のバスタオルは奏のものだ。対して、穂香のバスタオルはピンクの音符柄だった。
向かい合っていた参考書を閉じてゆったりと風呂を楽しんでいるつもりなのだが、脳内には年号や公式が乱舞する。真面目な受験生の悲しい性だ。
湯船に顔を半分まで沈めて泡を吐いたところで、凍り付くような地響きが穂香の身体を突き上げた。
* * *
――地震!?
その瞬間に奏の頭をよぎったのは、浴室にいる穂香のことだった。
素っ裸で地震だなんて、怖くて不安に違いない。ドライヤーを放り投げ、慌てて一階の浴室まで走った。
「ほの、大丈夫!?」
「おねえちゃっ……!」
案の定、泣きそうな顔をした穂香が、湯船の中で頭を抱えてうずくまっていた。お湯に浸かっているにもかかわらずガタガタと震える小さな身体は、痛々しいという以外の表現が浮かんでこない。半ば無理矢理引き上げて、抱き締めるようにバスタオルで包み込んでやる。
――大丈夫、大丈夫やで。お姉ちゃんがついてるから。
ようやっと震えが止まった頃には、穂香の肩はすっかり冷えきってしまっていた。昔もこんなことがあったと思い出したのは、濡れた身体が懸命にしがみついてきたからだろうか。
「あちゃー、湯冷めした? 風邪とか大丈夫?」
「……だいじょうぶ。夏だし、そんなに湯冷めとか気にしないで大丈夫だよ。ごめんね、心配かけて」
「いいから、とりあえずはよなんか着(き)。にしてもさっきの揺れ、すごかったなあ」
関西で発生した大震災を幼い頃に経験しているが、今の揺れはあのときと同じくらいの衝撃だった気がする。もっとも、あの頃は奏とてまだ小学校低学年であったし、あまりはっきりとは覚えていない。決定的に異なるのは、今しがたの揺れはあのときの地震のように長いものではなかった。
最初のズドンときた突き上げ。それから地鳴り。
地震にしては短すぎるようにも感じたが、短くてなによりだ。あんな大地震はもう二度と経験したくない。
「お父さん達、大丈夫かな……?」
「あ、そや! てかあの人ら、なんで来んのやろ?」
いつもなら心配ですっ飛んできそうな二人が無反応だということは、あの一瞬の間になにかあったのだろうか。
穂香には髪を乾かせと言い置いて、奏は再び家の中を走り出した。
* * *
「やーかーら! 地震! さっき! でかいのあったやん!!」
「なかったって言うてるやん! テレビ見てたけど、テロップもなんも出てへんし!」
「はぁ!? あんたら寝てただけちゃうん!」
リビングで舌戦を繰り広げる母と姉の言葉から察すると、穂香達が感じたあの揺れを両親はまったく感じなかったらしい。なにより不思議なことに、気象速報も一切流れることはなく、全国の天気予報でも地震の情報はこれっぽっちも出ていない。
つまりは、あの激しい衝撃を経験したのは穂香と奏の二人だけということだ。
念のため、穂香は携帯でコミュニティサイトにアクセスしてみた。「登録するだけでもいいからさ」と誘われたサイトだったが、みんなのちょっとした予定を知る分には便利だ。
リアルタイムに一言が書き込めるこのサイトに、誰かが地震についてコメントしているかもしれない。しかしここ三十分のログをたどってみたが、どれも受験勉強への嘆きやテレビの話題ばかりで、地震については一切触れられていなかった。
そんなことがあるのだろうか。
穂香だけなら、寝ぼけていて湯船の中で滑ったのだろうと納得できる。だが、奏もあの揺れを感じて飛んできた。同じ家の中で違う場所にいた二人が、同様の揺れを感じた。けれどあとの二人はそれを感じず、公的機関もそれを感知していない。
果たしてそんなことが、本当にありえるのだろうか。