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残る欠片に声はなく *9





「奏〜、今夜空いてる? 合コン行かへん?」
「今夜? あー……、どやろ。ちょっと微妙。相手は?」
「O大の医学部! なっ、ええ感じやろ? 急に一人来られへんくなって困ってんのよ〜」

 上目遣いで見上げてくる友人の裕美の睫毛が、いつもよりも二割増しで盛られているのが分かった。国立大学の医学部生が相手なら納得の気合の入れように、奏は小さく息を吐いて今夜の予定を思い浮かべた。特にこれといって用事があるわけではないが、なにしろ最近は変則的に“用事”が向こうから舞い込んでくる始末だ。そう簡単に返事はできない。
 とはいえ、合コン相手のレベルの高さは捨てがたい。悩む奏に押せばなんとかなると思ったのか、裕美はこれでもかと猫撫で声を出して甘えてきた。

「お店もめっちゃオシャレでええとこやねん。なあ、奏ぇ。今フリーやろ? 彼氏作る絶好のチャンスやって!」
「うーん……、せやなぁ」

 悩んでいる間にも、マイクを通した教授の声が淡々と耳に届いている。二百人は収容できる大教室の窓際後方に座っていた奏は、スライドに示される講義内容を必要な部分だけレジュメに書き移しながら小声でお喋りに応じていた。ちらりと覗き見た裕美のレジュメは綺麗なままだ。この分では、試験前にコピーを要求されるだろう。

「そういや、奏ってどんな人がタイプなん? 理想の人おるかもしれんよ!」
「どんな、って……。判断力があって、行動力があって、まあ、男らしくて頼りになる人」
「相手は医学部やで! 絶対頼りになるって!」
「せやなぁ」

 話は半ば聞き流しつつ、手を動かす。ふと逃げるように視線を動かせば、窓の外に赤く色づいた木々が揺れていた。近くには山も見える。ここから見渡せる景色を見る限りでは、農村部を騒がせている白の植物が嘘のようだ。
 正門に近いこの教室棟からは、大学の自慢でもある広い芝生が見える。空き時間を利用して学生達が思い思いに過ごす場所だ。近所の子ども達が遊びに来ることもしょっちゅうで、奏もたまに子ども達とバドミントンや鬼ごっこに興じることがある。
 しばらくぼんやりと外を眺めていると、正門の辺りに人が溜まっていることに気がついた。芝生にいた学生達も正門を気にしている。なにかあったのだろうか。
 ますます外に集中していたところで、机の上に置いていた携帯が震えた。驚いて身体がびくりと跳ねる。慌てて確認した画面には、ナガトの名前が表示されていた。

「――え?」

 大学まで来てるんだけど、抜けられる?
 講義中ということを気遣ってか一応疑問系の形を取っていたが、講義を抜けてこいという意図であることはすぐに分かった。

「奏? どうしたん?」
「ごめん、ちょっと抜けるわ。予定入ったから、夜も無理! ごめんな、バイバイ!」
「え、ちょっと、奏ってば!」

 幸いにもこの講義は必修科目ではないので、そそくさと荷物を纏めて後ろの扉から退室する。医学部相手の合コンは惜しいと思うが、気になることを抱えた上ではろくに楽しめそうにもないだろう。
 できるだけ足音を殺しながら小走りで教室棟を飛び出し、外に出たところで正門付近の騒ぎの理由に思い至った。人だかりの原因となっていたのは、他ならぬナガトだろう。確かにナガトの見目はモデル然としているが、とはいえ少々外見が整っているくらいでそれほど目立つだろうか。いわゆるイケメンならば、この大学にもそれなりに見かける。いくらなんでも、まさか飛行樹でやってきたわけでもあるまい。


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