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 辿り着いた正門前で、奏は思わず足を止めた。「……そりゃ目立つわ」呆れと驚きが入り交じった呟きに答えるように、車道側でナガトが手を振る。周りの視線が射るようにして奏に集中した。引き返したくなるのをすんでのところで堪え、唇を噛み締めて駆け寄った。正直、他人のふりをして通り過ぎたい気持ちで足がもつれそうになる。

「ごめん、急に。ちょっと急ぎの用があって」
「や、それはええんやけど。……これ、どうしたん?」
「へ? ああ、これ? ミーティアさんに借りた」

 「これ」と言いながらナガトが叩いた車体は、バイク業界に詳しくない奏にも分かる有名なロゴがついていた。世界的に有名な最高級の大型バイクだ。国内で走らせるには、その存在は非常に“浮く”。
 この騒ぎは、場違いにもほどがある高級バイクのせいだったのだ。奏が恥入ることはなに一つないが、畑違いの高級品を前にすると羞恥心が頭をもたげてくるのが庶民の性だ。「とにかく乗って」とヘルメットを投げ渡されたのだから、余計にいたたまれなくなった。
 高級バイクに乗って現れた、モデル然としたイケメン。その迎えを受ける奏の気持ちにも気がついてほしい。この人混みの中に知り合いが混ざっていないことを祈りながら、奏は渋々ヘルメットを被った。

「ええー……、これに乗んの……?」
「そのために借りてきたんだから、乗ってくれなきゃ困る。さすがに白昼堂々、飛行樹で飛べないでしょ」

 「ほら、早く」エンジンを吹かすナガトの後ろに、恐る恐る奏は跨った。大きな振動が身体を揺さぶる。

「しっかりしがみついててね」

 右手は座席に取り付けられた取っ手を、左手はナガトのベルトを言われるがままにしっかりと握り、奏はぎゅっと目を閉じた。「行くよ」ひゅ、と風を切る音がしたかと思えば、一気に加速する。
 バイクの後ろに乗るのはこれが初めてだ。自転車とは比べ物にもならないスピードが直接襲いかかってくる。身体が置いていかれそうな感覚に、奏は悲鳴を飲み込むことで精一杯だった。


* * *



 風に乗って種は飛ぶ。
 翼もないのに空を飛び、風を纏って旅をする。
 大地に落ちて根を張り芽吹き、そしてそこから花を咲かせる。
 人の意識の外で、それは今も当たり前のように起きている。


* * *



 テールベルトのヴェルデ基地内にある訓練施設で一通りの訓練を終えたチトセは、真新しい階級章を誇らしげに指で撫でた。昇任試験を無事突破して左腕部に得た士長の階級章は、芽吹いた双葉を意匠したVの字が縦に三つ重なって表されている。花の模様が入るのは三等空曹からで、花付きになることを「開花」と呼ぶ。「才能の開花」と掛けているらしい。
 気がつけば階級章を撫でるチトセの仕草を見ながら、マミヤが歌うように言った。

「あーあ、わたしも早くお花咲かせたいなー。キッカ三曹が羨ましーい」
「あんたならトントン拍子で昇任できんでしょ。問題さえ起こさなきゃね」
「あらなぁに、その言い方。わたしは問題なんて起こさないわよぉ」

 同期同階級、ついでに言えば入隊当初から同室の友人でもあるマミヤは、軍の人間とは思えぬたおやかな腕で、夕食が乗った盆を支えていた。艶やかな深緑の髪――本人はあくまでも黒髪だと主張するが――が美しく、誰もが目を瞠る美人の彼女は、優秀ながらも大きな爆弾を抱えている人物でもある。その美しさは血がもたらすことで有名だ。なにしろ彼女は、このテールベルトの象徴たる王族の一人なのだから。
 直系ではないとはいえ、王族の血を引く彼女が入隊した理由は未だに謎だった。短くはない付き合いのチトセはもちろん、上官とてその理由を知る者はほとんどいない。面接を担当した上官なら話は別だろうが、どこからも漏れてこないのだから知りようがなかった。本人が言わないのなら、チトセとしても外から聞こうという気も起こらないので知らないままだ。

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