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 穿たれた地面が、あちこちで色濃く染まっている。石に、緑に、赤が散っている。漂う鉄臭さは、血の臭いだ。あちこちに飛散しているゴムのようなものがなんであるかは、すぐに分かった。しかし理解することを心が否定した。ありえるはずがない。あれがもとは人の形をとっていただなんて。
 かろうじて人体であったと分かる程度に残った四肢の中央に空いた穴から、赤黒く染まった大きな花が咲き誇っていた。伸びた蔓には臓器が絡まり、蕾かと思った塊が心臓だと分かった瞬間――込み上げてくるものに耐えきれず、アカギは上体を乗り出して嘔吐した。苦い胃液まで吐き出し、ついになにも吐くものがなくなったところで背中から倒れ込む。己の荒い息だけが耳についた。

『…………無事か』

 静かな声に、通信が繋がっていたことを思い出す。しかしすぐに応答できそうにもなかった。
 感染者に発砲したのは初めてではない。完全寄生されていた者の核を破壊した場合、最期がどうなるのか知らなかったわけではない。何度も写真や映像でそれは見ていた。
 ――だが。

『核の破壊がされているか確認しておけ。感染者が死亡していても、核が生きていれば意味がない。確実に破壊しろ。……あとはハインケル達に任せて、お前達は寝ろ』

 アカギもナガトも、一言も返せなかった。

『――応答しろっ! ナガト三尉、アカギ三尉!』
「は、い……っ」

 叱咤され、ようやっと喉の奥から声を絞り出す。聞こえてきたナガトの声は、アカギと同じように掠れていた。
 ハルナが無線の向こうで大きく息を吐く。力なく機銃に背を預けていたナガトも、どうやら嘔吐していたらしい。口元を拳で拭い、僅かに潤んでいた瞳を隠すように彼は俯いた。その隣に、尻餅をつくように腰を落とす。

『スズヤ達と連絡が取れない理由は、こちらで調べておく。分かり次第、連絡を入れる』
「……了解です」
『たとえ接触していなくても洗浄は怠るな。服も全部着替えろ。焼却処分が望ましい』
「……了解っす」
『あと……』

 しばし間があり、ハルナはぽつりと言った。

『――俺も初めてレベルS感染者の核をこの手で破壊したときは、吐いた』

 通信が切られる。聞き様によっては不機嫌にも聞こえる声音だった。しかし、そこに含まれている思いに気づけないほど、二人は鈍感ではなかった。
 頭が重い。喉の奥が引き攣れそうだ。気を抜けば、歯の根が震えていたことだろう。
 下手をすればとんでもなく情けない状態に陥りそうで、アカギは思い切り己の頬を叩いた。乾いた音に、ナガトがぎょっとして顔を上げる。その鼻の頭が赤いことには、目を瞑っておくことにする。

「チビ博士と女室長に報告だな」
「……博士がこの現状見て泣き叫ばなきゃいいけどね」

 ゆるゆると立ち上がり、ナガトに手を差し出す。彼はあっさりそれを断って自力で立ち上がり、無言で空を仰いだ。
 抜けるような青空だ。背の高い木々がそれを縁取っている。風に吹かれ、枯葉が音を立てて舞い落ちてきた。色を変えたそれは、握れば簡単に砕けてしまう。いとも容易く壊れてしまう茶色い葉が、広がる血溜まりに沈んでいった。
 もう、声が聞こえない。
 喚く声も、呻く声も、叫ぶ声も、なにも。
 この手が奪った。この手で奪った。
 彼らはなにも知らなかったのに。白の脅威など知るはずもなかった。これは、彼らの日常にありえるはずのない出来事だった。
 アカギの足を掴んだ感染者は男だった。年齢はおよそ三十代後半だったろうか。結婚はしていたのだろうか。指輪までは見ていなかった。確認しようにも、“彼”がいた証は血と肉片だけになってしまっている。子どもはいたのだろうか。親は健在だったのだろうか。
 
 守ったのか、それとも奪ったのか。
 もう、それすら分からない。


* * *



「ねえ、ハマカゼ。お兄様がどうして急にお屋敷にお戻りになられたのか、その理由を知っている?」
「いいえ、お嬢様。存じ上げておりません」

 「そう……」小さく呟いて、シナノは庭に目をやった。青々とした植物が美しい、なんとも風情ある庭園だ。生まれたときから色づいた植物が身近に存在していたシナノにとって、植物は色を持っていることが当たり前だった。だがどうやら、この世の中はそうではないらしい。
 屋敷の外には危険が多いと、父は言う。特別浄化区域の外に出ることは許されず、今まで一度も“外の世界”を見たことがない。だからといって不便を感じたことはなかった。特別浄化区域内ならば外出も可能であったし、勉学においても家庭教師がついていたからなんの問題もなかった。
 ただ、外部の情報を見聞きするたびに、自分の知っている世界とは大きく異なるものだと不思議に思っていた。白の植物など、ただの一度も見たことがない。そんなものは画面の向こうの話で、シナノにとっては絵空事にも等しい。
 けれど、敬愛する兄が白の植物と大きくかかわっているとなれば話は別だ。テールベルト空軍の頂点に立つ兄は、特別浄化区域の外で仕事をしている。恐ろしい白の植物や感染者を相手にしていると聞くが、一体どんな生活をしているのだろうか。危険だというのなら、そんな仕事は辞めてしまえばいいのに。そんな子どもじみた我儘を言えるはずもないけれど。


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