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『押し負けるなッ!』

 通信機から飛び込んできた怒声に、丸めかかっていた背筋が伸びた。
 今、檄を飛ばしているのは誰だ。――テールベルト空軍特殊飛行部白木駆逐隊、ハルナ二等空尉だ。テールベルト空軍の誇りであり、エースパイロットの称号をほしいままにしている“正義の味方”だ。その彼は自分達から候補生の肩書が外れる頃、一階級昇進が予定されている。
 テールベルト空軍に入隊した者なら、誰もがハルナの背を追う。誰もが彼に憧れる。彼は進むことを迷わない。そのまっすぐな姿勢が、声が、自分達を導いている。
 これほど心強いものがあるか? アカギは自問した。答えは行動となって現れる。

「うるぁああああああああああああああ!!」
『それでいい、アカギ、お前は撃ちまくれ! 残弾量は――、いい、切れたら00で飛んで次の銃に手をつけろ! ナガトは艦のK2ぶっ放せ!』
「でも、K2は――」

 艦に搭載されているK2――二二式重機関銃は、候補生の立場では無断で扱えないことになっている。あまりにも威力が強すぎるため、いくら薬弾が装填されているとはいえ人体に与える影響は凄まじい。二尉以上の立ち会いの下、対人に関してはレベルS感染者においてのみの使用が認められている装備だ。通常は、蔓延る白の植物への直接攻撃に用いられる。
 それをぶっ放せと言うのか。指示を受けたナガトはもちろん、アカギも一瞬そのことを飲み込むのに躊躇した。だが、ハルナは反論を許さない。

『“二尉ならそこにいる”だろうが! 残った感染者がただの肉塊でも誰も責めん! なんのためにハインケルとあの女がいる!?』

 二尉であるスズヤどころか、艦長すら“ここにいる”設定だ。レベルS感染者にしか認められていない火器の使用に関しても、あの二人が「レベルSでした」と言ってしまえば問題がなくなる。確かにその通りだが、もしも回復の可能性がある感染者だったら――。
 そんな甘い考えは、ハルナの罵声が掻き消した。「お前達にそれだけの腕があるとでも思っているのか!?」鎮静化のみを目的とし、あれだけの感染者を一度に相手取って死なない自信はあるのかと言外に問われ、口惜しさに唇を噛む。
 そんな芸当ができるのであれば、わざわざコールをして助言を求めたりはしない。

「行け、ナガト! 足止めは任せろ!」
「ヘマすんなよっ!」

 弾が切れた七式をその場に置き、一度飛行樹で上昇する。短機関銃で弾丸を文字通り雨のように降らせ、艦のタラップを駆け上がるナガトの背後を護る。
 傷口のあちこちから皮膚を食い破って芽吹かせる感染者に、背筋が凍った。この距離からでも分かる。白く変色した肌に、葉脈のような痣が浮き出ている。蠢く芽は赤く染まっていたが、それはどれも白い。
 頬、肩、腕、胴、足。至るところから芽が伸び、その先に花が咲いていた。赤く汚れた花の奥から、ねっとりとした蜜が垂れ落ちる。口から零れている唾液は粘着質で、強烈な腐臭を放っていた。
 穿たれた胸から、花が咲く。傷口を広げるように幾本もの蔦が伸び、大口を開けて開いた花はくちゅりと嫌な音を立てて肉片を零した。いつの間にか、その感染者の片足は巻きついた蔦で覆われていた。
 ――胸部からの発芽。ここまでくれば、完全寄生状態と見て間違いがなさそうだった。湧き上がってきた感情に、どうしようもないと知りつつ舌打ちが飛び出る。
 下降してきたアカギに向かって、一体の感染者が腕を伸ばした。肘のあたりから伸びた蔓に足首を捕らえられ、そのまま一気に引き摺り下ろされる。

「アカギっ!」
「く、そがァッ!」

 狙いなどつけている余裕はない。盲射でなんとか相手の動きを封じ、蔓が緩んだところで軍靴の裏で迫ってきていた顔面を蹴りつける。ボキ、と鼻骨を砕く音が聞こえた。

「準備できた! 戻れ!」

 簡単に言ってくれる。
 起き上がりざまに十発ほど威嚇射撃し、距離を取る。怯まない相手に威嚇もなにもないが、動きを鈍らせることはできた。
 土を蹴って一気に走る。飛びかかってきた一体を、艦からナガトが03で沈めた。呻き声が木霊している。なぜこんな目に遭うのかと問われているような気がして、腕に鳥肌が立った。
 息も切れ切れになりながら、タラップを数段飛ばしで駆け上がる。その場に転がったアカギを確認して、ナガトは二二式の照準を定めた。

『――迷うな、撃て!』
「っ、ああああああああぁああああああああっ!!」

 爆音が身体を揺らす。実際に引き金を引いているナガトの身体は、反動でガクガクと揺れていた。大きく開けられた彼の口からは声が出ているはずなのに、それすらも掻き消すほどの轟音だ。
 地面が爆ぜる。血が噴き上がる。辺りは急激に様相を変えた。カチ、カチ、と弾切れを知らせる音が聞こえ、やがて轟音がやんだ。硝煙が広がっている。それが風に流れ始めた頃、ナガトが膝から頽れた。アカギからはまだなにも見えない。立ち上がり、艦の上から見下ろした光景に、喉の奥から情けない悲鳴が零れた。


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