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 ピンクの小さな鉢植えに、ホワイトストロベリーの実がなった。

その日、欠片は目を覚ます*1



『標的発見(タリホー)。二時の方向』
「了解(ラジャー)」

 機体を滑らせ、雲の隙間を縫うように飛ぶ“それ”を追った。握り締めた操縦桿はしっくりと手に馴染んでいる。空飛ぶ鳥籠の中、マスクの下で乾いた唇を舐め、機関砲のスイッチへ指を添えた。あとほんの少し力を入れるだけで、この空に弾雨が降り注ぐだろう。
 青空に散った白い雲が、まるで“それ”を庇うように浮いている。
 隠すな、差し出せ。飲み込んだ“それ”をすべて吐き出し、陽光の下に晒し出せ。“それ”はここにあっていいものではない。従わなければお前をも散らす。この国が死の淵で手に入れた、最後の希望の翼をもって。

『焦土地帯に誘導する。お前ら、ちゃんとついて来いよ』

 了解を告げれば、編隊は訓練通りに一度ばらけて“それ”を追い立てていく。まるで、花びらが散るようだった。あるいは風に煽られた木の葉が舞い散るような軽やかさで、機体は青の中を滑っていく。
 導く先は、一度白に蝕まれ、そしてすべてが焼き尽くされた絶望の場所だ。
 純白のその地は、なにも知らぬ者からすればさぞ美しかろう。僅かな穢れもないように見えるだろう。雨が降れば水が溜まり、大きな鏡となって空を映す。上下ともに青に挟まれ、ひとたびロールすればどちらが上か分からない。
 帰るべき場所を見失う、白の大地。
 前後左右、身体を揺さぶる重力に振り回され、血が掻き回される。コックピットの窓から差し込む陽光が目を焼き、その向こうで“それ”が鳴いた。
 歪に膨れた腹を持つ純白の怪鳥。その腹に浮かんだ痣は、植物の葉脈そのものだ。

『ガキ共、出番だ。――しっかり働けよ』

 導く声は、いつも力強い。
 この世界は、一度すべてを失った。
 古の世では無垢の象徴だった“白”に、すべてを奪われた。
 侵蝕する白、失われていく緑。
 奪われたのなら、取り戻せ。

「了解!」

 翼を得た者達よ。奪われた緑を取り戻すべく、白散る青へ身を躍らせろ。日常を壊す音を聞け。
 翼を持たぬ者達よ。白に蝕まれた地上から、空を裂く深緑の機体を目に焼き付けろ。日常を守る音を聞け。
 かつての過ちを繰り返さないため、彼らは今も飛んでいる。


 ――さあ、種の弾丸を撒き散らせ。
 

* * *



 世界はいつだって、平和だと思っていた。


 その日はいつもと変わらぬいい天気で、晴れ渡った青空は太陽の光を自慢げに振りまいている。夏の暑さはそう好ましいものではないけれど、青の深まった高い空は好きだった。
 穂香(ほのか)は今頃、北の大地で過ごす最後の一日を楽しんでいるだろうか。奏(かなで)は霧吹きで卓上サイズの観葉植物に水をやりながら、自己主張の少ない妹のことを考えていた。
 本来なら受験戦争真っ直中であるはずの高校三年生のご身分で、妹は同級生らと二泊三日の北海道旅行に出かけている。成績は学内でも上位を安定して取っていたし、模試の結果も安全圏だから、受験勉強という意味では心配はあまりなかった。
 「友達に誘われたんだけど……」と穂香が切り出してきたとき、両親並びに奏が目を丸くさせたのは、「受験生なのに遊んで」ということではなかったのだ。確かに時期的なこともある。世間の受験生が地獄だなんだと阿鼻叫喚している夏に旅行だなんて。一般的にはそう思うだろう。――だからこそ、余計に驚いた。
 穂香は昔から大人しく、引っ込み思案な性格だった。年頃の女の子なのに、流行の「アレが欲しい、コレが欲しい」と言って親にねだることもなく、心配してこちらが「買ってあげようか」と言っても、笑って首を左右に振るような子だ。
 そんな穂香が、「友達に誘われたから旅行に行ってきてもいいですか? お金は自分で出しますから」と控えめに言ってきたものだから、家族全員が目をこれでもかとかっぴらいた。

『どこに行くん、誰と? 北海道? ああ、そしたらいいとこやん! え? もちろんええよ、でもな、小遣いは余分に持って行き』
『ほの、ほの、父さんはちんすこうが食いたいわ』
『いややわ、あんた、それは沖縄のお土産やで』

 まるで自分達が旅行するかのように舞い上がった両親は、子どものようにはしゃぎながらあれよあれよと準備を整えていった。許可が貰えたのだと穂香が気がついたのは、母に旅行用の洋服を買い与えられたときだったのだろう。もともとのんびりしたうちの親だから、世間から見れば非常識な旅行も「息抜きにぴったり!」程度にしか思っていないに違いない。
 友達と遊びに行くこと自体珍しかった穂香の初めてに等しい大きな我儘に、両親は浮かれっぱなしだった。
 奏も両親と同様に浮かれていて、穂香が育てていた観葉植物の面倒を申し訳なさそうに頼んできたときも、胸をどんっと叩いて引き受けたのだ。「お姉ちゃんに任しとき、絶対枯らさんからな!」三日坊主が定着していることを憂いてか、穂香は苦笑混じりに頭を下げていたけれど。


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