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『――出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ』
「「――っ!!」」

 低く、唸るような声が呪詛を吐く。アカギは瞬時に通信遮断ボタンに手を伸ばしたが、ナガトも同じことを考えていたらしく、寸前でお互いの手がぶつかって弾かれる結果となった。
 おぞましい呪詛の向こうで、ぽやんとした柔らかな声が言った。

『あれ、艦長。それ、通信繋がってませんか?』
『なに? 本当か!? うぉいこのガキ共! 聞こえてんならとっとと返事しやがれ!』
「「はっ、はい!」」

 一段と激しさを増した声に、見られているわけでもないのに背筋が伸びる。それからしばらく、聞き取れないほどの勢いで二人を罵倒した怒声の主は、アカギ達の所属する艦の艦長その人に間違いがなかった。
 その後ろでくすくすと笑っているのは、艦内の消防班長であるスズヤだ。面白がっているのかそれとも怒っているのか、彼と付き合いが短い二人には理解しきれない。
 それでも、はっきりと分かることが一つだけある。
 自分達が褒められることは、決してありえない。

『テメェら、よくもやってくれたな。え? 死ね。死んで詫びろ。頭カチ割って脳みそぶちまけて詫びろ。訓練中に勝手にプレートを渡るたぁいい根性してるじゃねぇか、ええ? さすがの幹部候補生様はやることが違うわな。挙句、なにしれっと調査任務受けてんだ? あ?』

 息継ぎをしているのかと心配したくなるほど、勢いに任せたヒュウガの怒号が響く。

『あのあと俺がどんっだけ苦労して上に掛け合ったと思ってる!! 始末書で済む話じゃねぇぞ、分かってんのか!? どっちでもいい、テメェら一回言い訳してみろ!』
「アカギのバカが暴走したのは俺のせいです。艦長には多大なるご迷惑をおかけしました」
「んだとコラ! あんときはお前が急発進させたんだろうが!!」
「いーや、お前が無理矢理転移装置いじくったね! あの状態でエンジン動かさなかったら、それこそドッカーンだったろ!」
「おっまえなあ!」
『いい加減にしやがれクソガキ共ぉおおおお!!』

 艦内に割れんばかりの怒声が響き、二人は反射的に首を竦めた。言い訳しろと言ったのはそっちのくせに。そんなことを言おうものなら、きっと自分達の命はない。
 スピーカーはびりびりと震え、己の限界を訴えて悲鳴を上げている。向こう側ではスズヤがどうにかして艦長を宥めているらしく、しばらく無音が続いた。
 この無音が余計に怖い。ちらと盗み見たナガトの表情は硬く、アカギと同じように緊張していることが読み取れた。それもそうだ。自分達は、下手をすればクビですまないことをしでかしたのだから。
 無駄な言い訳を口にしたのは、その緊張を誤魔化すためだった。

『こちらスズヤ。ナガト三尉、アカギ三尉聞こえる?』
「こちらナガト。聞こえます」
「こちらアカギ。同じく聞こえます」
『うん、ならよかった。艦長が落ち着くまで、おれが代わりに説明するけど、異論はない?』

 「はい」としか言えない質問に、逆らうことなく返事をした。

『今、君達が置かれている状況、それがとってもよろしくないことくらいは、空っぽの頭でも理解してるかな?』
「……はい」

 ナガトは子どものように唇を尖らせ、その表情で「納得できない」とありありと語っていた。しかし映像の送受信設定をしていない現在の通信では、さすがにスズヤにも伝わっていないはずだ。
 だがなにかを感じ取ったのか、スズヤは幼い子どもに聞かせるような口ぶりで、アカギ達が無茶をしでかしたあとの本部の様子を語った。
 本来ならば、後々乗組員全員でこのプレートに渡るはずだったというのに、艦にはたった二人の幹部候補生しか乗っていない。空渡時の通過コードはヒュウガ隊のもので通しているため、現場を知らない上の連中は全員が渡ったと思い込み、指令まで与えた。
 そういうことならそのままで――というわけにもいかず、艦長が自ら走り回って各所に頭を下げまくり、なんとかしてナガトとアカギの免職だけは免れるように計らった。当然だ。本来であれば別の隊が空渡を控えていたというのに、ナガト達は勝手に転移してきたのだから。現場で見ていた空渡観察官達が、それを知らないわけがない。
 「大騒ぎだったよ」と軽くスズヤは言うが、それは想像を絶する“大騒ぎ”だったに違いない。ヴェルデ基地の基地司令がどんな笑みで艦長と対峙したのか、想像しただけでも寒気がした。
 今の今までなんのお咎めもなかったのが不思議なくらいだ。見ないふりをしていた現実を突きつけられ、鳩尾の辺りがしくしくと痛んだ。

『訓練中にあんな緊急事態が起きたことは、まあ不慮の事故だって言えるからね。あればっかりはどうしようもない。本来なら待機中のうちの艦が動いたのも、熱心な新人が勉強のために内部通信のデータを確認、緊急時と判断して発進させたってことで話をつけたらしいし。まだ練習艦の方でよかったね。――とはいえ、よくもまあ二人で飛び出す気になったね』
「あー……、ははは」
『でも目の前で仲間がやられたからって、すぐにかっとなってちゃ、兵器とはほど遠いよ。まあそれが、君達のいいところなのかもしれないけど?』



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