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マミヤが背後の男から袋を引きたくり、机の上に袋の中身をぶちまけた。中から現れたのは湿った土だ。独特の、どこか甘いような香りが僅かに漂う。
「マミヤ様、」傍らの男から心配が滲んだ声がかけられても、マミヤは躊躇しなかった。小型のナイフをポケットから取り出すと、美しい輝きを放つ刃を己の手のひらに押しつけた。
「わ、痛そうですね〜」
呑気な声を上げたのはムサシだけだ。その場にいた誰もが息を呑んだ。ヤマトだけは、変わらず静寂を守っていたけれど。
刃を滑らせると、一瞬で赤い珠が滲む。珠はぷくりと膨れ、繋がり、そうして線となって白い手に小さな泉を作っていく。彼女はそれを、広げた土の上で傾けた。
ぱたぱたと雫が落ちる。土に濃い染みを作ったのは、間違いなく血だ。ムサシの中にも、ヤマトの中にも、ここにいる議員達の中にも皆等しく流れているはずのものだ。
しかし彼女の血は、土に落ちた瞬間に己の生命維持以外の意味を持つ。
そして、ムサシ達とは明らかに異なるものであることを証明するのだ。
「なっ……!」
――緑が、芽吹く。
なにも存在していなかったはずの土の上に、青々とした双葉が顔を覗かせていた。ぽたり。真っ赤な血が落ちるたびに、緑は成長する。
誰もが望む緑が、そこに生まれた。
なにもないところに緑を生みだすことができるのは、王族だけが持つ不思議な力だ。その力は科学的に証明されておらず、未だに「奇跡の力」として扱われている。
しかし、王族とはいえ、長い年月の中でその力が薄れつつあるのも事実だった。地面に手をついたところで、血を撒いたところで、緑が現れるまでには時間がかかる。それこそ、土が養分を吸って浸透するまでに時間がかかるように。
だが、最も血を濃く引き継ぐ直系の人間は違う。
一瞬で緑が芽吹く。そんなことが可能なのは、直系の人間でしかありえない。
成分は他の人間とまったく同じにもかかわらず、彼らの血だけが緑を生む。なにが異なるのか科学では証明できない。それを奇跡と人は言う。
その奇跡を目の当たりにし、ムサシも思わずはしゃいだ声を上げていた。緑生の儀に出席したことはあるが、これほど近くで王族の力を見たことはなかった。
「……この力を理由にわたし達から奪うなら、わたしはこの力ですべてを奪い返す」
――人も、翼も、緑も、全部。
長い歴史の中で、王族はその血によって多くの特権を得、それ以上のなにかを失ってきた。
この場にいるすべての人を射抜くように、あるいは焼き殺さんとするように、マミヤは瞳に力を入れて周囲を強く睨みつける。
美しく澄んだ瞳が潤んでいるのは痛みゆえか、それとも別のなにかか。
今にも泣きそうな顔をしているくせに、折れてたまるかという激しい意志が伝わってくる。瞳の奥で燃える炎の熱に、肌が焼けてしまいそうだ。
握り込んだマミヤの左手からは、血が糸のように伝い落ちていた。硬い床へと落ちるそれは、他の人と同じように赤い歪な円を描いているだけだ。
その手に、赤に紛れて金の輝きが見えた。細い指を飾っている金の指輪には、見覚えがある。ムサシ以外にもそれに気づいた者がいるらしい。誰とはなしに、呟きが漏れてきた。
「王印(おういん)……」
植物を象った台座に緑の石が散りばめられた、繊細ながらも立派な指輪。それは王家直系の者にのみ与えられる印のようなものだ。
「……と、いうわけで、皆さんお集まりの頃かと思いまして、立ち寄らせていただいたんですよぉ。夜分遅くにごめんなさぁい。それじゃあマミヤ、失礼しまぁす」
なるほど、宣戦布告というわけか。
今度こそ耐え切れずにぷっと噴き出したムサシを咎める者は、もう誰もいなかった。一呼吸おくと同時にがらりと雰囲気を一変させたマミヤに、誰もが面食らっているらしい。
男達を引き連れて退室しようとするその背に、誰も声をかけようとしない。ちらりと伺い見たヤマトもなにも語ろうとはしないので、仕方なくムサシが彼女を呼び止めることにした。
「マーミヤくん。どういうおつもりですか?」
「嫌ですよぉ、ムサシ司令。マミヤ、茶番はもううんざり〜」
「でもここでマミヤくんに帰られると、ムサシ困っちゃう〜、なんですけどねぇ」
マミヤの口調を真似して言ってみたが、誰一人としてくすりともしなかった。つまらなさに唇を尖らせる。
彼女はなにも言わずに背を向け、扉の前を自然と固めていた隊員を見て拳を突き出した。もっと勢いがあれば殴りかかったのかとも思ったが、どうやら違うようだ。王印を見せたのだろう。