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「ドルニエがいる場所。ドルニエさえ見つければ、本体がどこにあろうと遠隔操作できる。あの子の持つ端末がすべてと繋がってる」
「つっても、そのドルニエ博士はとっくに姿くらましてんじゃねぇのか?」
「あの子はまだ、ここにいる」

 あれだけの量だ。データを複製するには、どんなに軽く見積もっても一時間は必要になる。ドルニエなら、ハインケルがどこにデータを隠していたか、すぐに見つけたことだろう。
 もうすでにコピーを終え、軽く目を通したのなら、彼女は気づいたはずだ。あの子はそこまで馬鹿じゃない。
 強い口調のハインケルに、ソウヤは組んでいた腕をほどいて頬を掻いた。

「普通に考えて、この研究室は捨てていくと思うがな。お前も、感染者も。纏めて焼いちまった方が都合がいい」
「――僕がいるのに?」

 目線の高さはそう変わらない。少しばかり上にあるソウヤの青い瞳を、じっと覗き込む。
 ソウヤの言い分は、通常であれば正しいに違いなかった。だが、相手はドルニエであり、ここにいるのはハインケルだ。

「ドルニエは馬鹿じゃない。あの子は今頃、慌てて計画を練り直してる。……あの子には、この頭は殺せない」
「……大した自信だね。勝算はいかほど?」
「いい、スズヤ。数値なんざより結果で出してくれんだろ。――だよな?」
「……もちろん」
「上等だ」

 にっと口端を吊り上げたソウヤが、ハインケルの頭を掻き回す。大きな手は硬くて、ミーティアの柔らかい手とは随分と違っていた。小さな子どもにでもするかのように撫で回され、薬の抜けきらない頭が揺すられてくらくらする。

「ドルニエはきっと、この艦ごと逃げる気でいる。少なくとも、僕は必ず連れて行く」

 スズヤを見下ろさなければならないのは違和感があったが、目を合わせるためには仕方ない。知らない間にここまで身長が伸びていたらしい。
 臆病羊のハインケル。そんな風に呼ばれる自分がどこか懐かしく、少し恨めしい。

「僕はそこの温室で為すべきことをする。君達は、感染者をこの施設内に解き放つ。そうすれば、ドルニエは必ずここに現れる」

 ハインケルが部屋から抜け出したことは、すでにドルニエの耳にも届いているだろう。躍起になって捕まえようとしているのは分かるが、こちらにソウヤとスズヤがいる限り、それは困難を極める。
 ハインケルを捕らえるだけならば、ドルニエ本人が出てくる必要はない。高みの見物をしているのだろう。さすがにそこへ向かうのは、ソウヤとスズヤの二人だけでは心もとない。なにしろ敵はこちらの何倍もの数だ。
 ならば、引きずり出せばいい。ドルニエが自ら、ハインケルの前まで足を運ばねばならない状況を作り出せばいいのだ。
 ソウヤが背負っていた武器の一つを指さし、ハインケルは言葉なくそれを借り受けた。見た目こそ仰々しいものの、この武器はいたって単純な造りだ。使い方は見ればわかった。
 昏いものが胸を満たす。こぷり。そんな音を立てて湧き上がってきたものは、粘度の高い愉悦だ。

「ほら、行って。邪魔する奴は排除すればいい」

 眉根を寄せたスズヤの腕を小突き、ソウヤが先に踵を返した。
 ここからが本番だ。上手い具合に温室の前まで護衛がいてくれて助かった。息を殺して廊下に戻り、ソウヤが倒した研究員の胸から個人カードを拝借する。
 温室の扉に取りつけられたロックを解除すれば、湿った土の匂いが鼻腔をくすぐる。どこか甘いような、そんな匂いだ。
 三重扉をくぐり抜けた先に、緑が広がっていた。空気が流れ、僅かに風が生まれる。この小さな温室には誰もいない。すべて機械が管理しているのだろう。うっとりするような鮮やかな緑の数々に、小さく溜息が漏れた。
 綺麗だ。とても、綺麗だ。
 しかしこれは、存在してはならない緑だ。ここにあるすべてがブラン結合を起こしている。
 観察室の端末でデータを確認し終えたハインケルは、ソウヤから借り受けた武器を構えて、目の前に広がる緑にひたと視線を据えた。
 まるで消火器のような形をしたそれは、消火器とはまったく反対の仕事をするものだったけれど。

「さあ、」

 引き金を引いた瞬間、獣の咆哮のようにゴォッと音を立てて紅蓮の炎が吐き出された。みずみずしい葉を、枝を、土を、すべてを呑み込もうと炎の蛇があぎとを剥く。
 ばちばちと炎が爆ぜる。温室内の警報装置が鳴り響き、スプリンクラーが作動するが、それでもハインケルは火炎放射器を操る手を止めようとはしなかった。
 飛沫が全身を叩き、しとどに濡らしていく。うなじを伝い落ちる雫に、燃え盛る炎の赤が映り込む。
 大きく揺らめく炎に煽られ、ドルニエと揃いの黄金色の髪が熱風に泳いだ。


「――焼き尽くせ」


【20話*end】
【2016.0626.加筆修正】




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