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信号を頼りに爆弾を探す班は、もうすでに艦を出ている。どうせ一つではないだろうから、すべての親となる起爆装置を解除しなければ意味がない。複数発せられている信号のうち、親の特定を急がなければならない。
そしてそのとんでもない爆弾は、ハインケルの頭脳でなければ解除できないだろう。自分達がどうこうできる代物でないことは明白だ。
狂気と紙一重の平常を歩む天才博士の頭脳にすべてが懸っている。
そのハインケルの捜索及び救出が、ソウヤ達に課せられた使命だ。
「行くぞ、スズヤ」
「はいはーい。でもおれ、しがない消防班長ですよー? 戦力になるかどうか」
「くだらねぇ保険かけんならすっこんでろ。俺一人で十分だ」
「うそうそ! 行きますって! ――てことでじゃあね、ナガト! 帰ったら一杯奢ってよ!」
小銃を背負って駆けていくスズヤを追う形で、ソウヤも艦外を目指した。
「待ってください! 俺も行きます!」
「あかんって! あんた怪我してるやん!」
追い縋るように叫んだナガトの腕を、奏が必死に引いている。見れば確かにナガトの手の甲はずるりと皮が剥けて血が滲んでいたが、見た目が派手なだけで実際は大したことはない。自分達の感覚で言えば怪我にも入らない。
それよりも、より多くの傷を負っているのは彼女の方だ。柔肌のあちこちに血を滲ませ、泥で汚れた姿は痛々しい。それなのに怒ったようにナガトの心配をして、必死で彼を安全圏に繋ぎ止めようとしている。
どうやら、先ほど言い合っていたのもこの件についてらしい。人のことを言えた義理ではないが、大暴走を決め込んだ身分にしては随分といいものを得たらしい。
「ナガト、お前はここにいろ。高レベル感染者と濃厚接触したんだ。そこのお嬢さん共々、検査する必要がある」
「でも艦長!」
「聞き分けろ。これは命令だ。――なにぼさっとしてんだ、ソウヤ。とっとと行って博士見つけてこい」
「了解。……にしてもヒュウガ一佐、イセ艦長より人使い荒いですね」
「あ? せっかくイセの虎の子借りてんだ、使わねぇでどうする」
それはどんな言葉よりソウヤを鼓舞し、同時に小さな痛みを植えつけた。
ヒュウガに責めているつもりはない。だからこそ、胸の柔らかな部分に確かに刺さった。
特殊飛行部に配属されて以来、ずっと追い続けた背中をソウヤは裏切ったのだ。あの人の最後の忠告を聞かなかった。失いたくないとはっきりとそう言われたのにもかかわらず、自ら背を向けた。タイヨウのどこか冷めた眼差しを思い出し、上官としてのあるまじき姿を晒したことに苦笑する。
無事にテールベルトへ戻ったとして、その先にソウヤになにが待ち受けているのかはとっくに分かっていた。
そのとき、心から尊敬する上官がどんな顔をして、なにを思うのかも。
「それじゃ、虎の子行ってきます」
この翼は飛ぶためにある。
緑を守るために、白を狩るために、ずっとこの翼で飛んできた。
――それを奪うというのなら、みすみす白に明け渡すというのなら、もう、こんな翼などいらない。
* * *
「艦長! どうして俺は待機なんですか!? こんな傷、怪我の内にも入りませんっ!」
「言ったろ、検査だ。ほれ、飲め。そこのあんたも」
あっさりとナガトをいなすヒュウガから手渡された錠剤は、ナガトと初めて会った夜に飲まされたものと同じだった。だとすれば、これは簡易検査薬なのだろう。あのときのように抵抗することはなく、奏は自らの意思で一錠飲み下した。
検査結果が出る間もナガトはヒュウガに突っかかっていたが、そのたびに軽くあしらわれて相手にもされていない。
子どものように駄々を捏ねていたナガトも、しばらくすると無駄だと悟ったのか、むっつりと押し黙るようになった。ヒュウガは涼しい顔で端末を操作していて、これが彼らの仕事風景なのだろうかと眺め見る。
奏にとって、軍人という存在はファンタジーのそれに等しかった。確かに現代社会に存在しうるのに、どこか遠い人種だ。目の前に存在している今でさえ、あまり実感が湧かない。
「なあ、ナガト。ほの達、ここに来るん?」
落ち着かないナガトに対する助け船のつもりで言ったが、聞きたい内容は本心だ。
むくれていたナガトもすぐに表情を変え、穏やかに微笑んでくれた。分かりやすいことこの上ないが、その分かりやすさがむず痒い。