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「うん。無事に救出次第、ここに来ると思う。ですよね、艦長」
「ああ。向こうの艦で一旦拾ってもらうが、そのあと合流してお掃除だ」
「向こうのって、王族印を二隻も出したんですか?」

 ナガトの様子と先ほどのソウヤの話から、この空渡艦は相当なレア物だと見える。それを二隻もとなると、確かに大事に違いない。
 ヒュウガはほんの数秒沈黙し、やがて重たいものを吐き出すような口ぶりで言った。

「いんや、別の艦だ。こんな立派な艦は一隻が限界だ、馬鹿たれ。向こうはソウヤとは違って正式に派遣された奴らだからな。いつも通り、かってぇ椅子の空渡艦に乗ってら。こんなもんは今だけだぞ、お前もしっかり座っとけ」
「座っとけって……。ていうか、正式にって、それ……」

 そこからは専門的な話になってしまったので、奏には理解できない。ただ、ナガトが引っかかっていたように、なにも知らない奏にさえ引っかかるものがあった。
 正式に派遣された応援とは、どういうことなのだろう。
 彼らと関わっていることを除けばただの女子大生でしかない奏に、その真意を想像することなど叶わなかったのだけれど。


* * *



 目が覚めた瞬間、内側から響く鈍い頭痛を感じて呻いた。こめかみを揉み解そうと持ち上げた右手には、じゃらりと金属音を響かせて左手が一緒になってついてくる。手錠で繋がれているのだと気がついたのと、自力では外せそうにないと悟ったのはほぼ同時だった。起き上がろうとして胸やけのような感覚に襲われ、再びベッドに沈み込む。
 横たわったまま、ハインケルはぐるりと部屋を見回してみた。殺風景な部屋だ。今寝ているベッド以外には備え付けの棚が一つあるだけで、他にはなにもない。棚には当然なにも置かれておらず、細長い長方形型の小窓が取り付けられた扉は見るからに頑丈そうだった。おそらく、ハインケルが体当たりしたくらいではびくともしないだろう。

「……ミーティアさん」

 呼んでみたが返事はない。扉の向こうでなにかが動く気配はしたが、どうせ見張りの誰かだろう。
 あのおぞましい計画とやらの時間が来るまで、ここに閉じ込めておく寸法か。ドルニエは「すべてを焼く」と言っていた。そんなことが可能なのは、ジグダ燃料爆弾だろう。あれは欠片プレートにおいても、条約で使用が禁止されている大量殺戮兵器だ。あんなものを使用すれば、この国には蟻の子一匹残らない。
 自分の知らないところで国が一つ滅ぶのならなんとも思わないが、自分を巻き込むというのなら見過ごすことはできない。一緒に殺されてたまるか。
 ハインケルは身を起こし、壁にもたれて天井を仰いだ。零した溜息が聞き慣れたものより少し低くてはっとする。手錠に繋がれた手をまじまじと見つめるまでもない。今のハインケルは、本来あるべき姿に戻っている。
 思えば、随分と成長したものだ。小さな子どもの姿に慣れ切っていた分、成人男性そのものの手の大きさには違和感を覚える。

「データの習得に一時間。プレート離脱に二時間。ジグダの熱エネルギーが最高値になるまで一時間。データをコピーしてからセットしたとしても、トータル三時間。……三時間か」

 そんな独り言を呟く声すら、耳慣れたものより幾分か低くなっていた。
 気を失ってからどれくらいの時間が経ったのだろう。喉の渇き具合から考えて、一時間程度だとざっと見積もる。
 起爆装置の解除など生まれてこの方やったことはないが、自分ならばできるだろうという確信がハインケルにはあった。この頭を使えば、おそらく爆破は阻止できる。
 ――しかし。

「どうやって出よう……」

 長い前髪が目元を覆う。
 外にさえ出られれば。起爆装置の前にさえ辿りつければ。そうすれば、なんとでもできるだろうに。
 トイレに行きたいと言って、扉を開けさせることくらいは簡単だ。この部屋にはトイレがないのだから、緊急性を訴えれば外に出ることは可能だろう。しかし、見張りの目を盗んで逃げだすだけの瞬発力と体力をハインケルは持ち合わせてはいなかった。大きくなった身体では小回りも利かないだろう。
 打つ手なしか――。絶望に膝を抱えて俯いたハインケルは、外の雰囲気が変わったのを肌で感じて、膝に埋めたばかりの顔を上げた。
 怒声に混じって銃声が二発立て続けに鳴り、ガシャンという凄まじい音と共に扉が揺れた。なにか大きなものがぶつかったらしいことは明白だが、物騒な物音に混じって「やりすぎですってー」などと笑い声が聞こえてくるのが異常だった。
 怯えるハインケルに構わず、頑健な扉が蹴り破られるかのようにして押し開かれる。
 開いた扉の隙間から、スーツを着た男がずるりと滑るように倒れ込んできた。「ひっ!」上げた悲鳴を掻き消すように、乱暴な足音が割り込んでくる。
 まるで鬼か悪魔のような形相のその人は、ベッドの上で縮こまるハインケルを見るなり心底鬱陶しそうに舌を打った。

「チッ、ハズレかよ。あの野郎、ホラ吹きやがったな。――オイ、お前。ハインケル博士はどこだ? 知ってんならとっとと吐け、吐かねぇならぶっ飛ばす」
「こ、ここです」
「あ?」

 大きな手に胸倉を掴まれて、ぐっと息が詰まった。
 青い目が剣呑に細められ、きつくハインケルを睨みつける。

「時間がねぇんだ、ふざけたことぬかしてると――」
「こっ、ここです! ぼ、僕が、ハインケルです」

 深く濃い青い目に、毛先にだけ癖が出た茶髪。この男のデータは何度も見た。輝かしい成績の数々を持ち、空戦競技会では華麗に空を舞っていたと聞いている。彼の後ろで目を丸くさせる男のことも、彼同様に知っていた。
 主要な隊員のデータは、すべてこの頭の中に入っているのだ。
 信じられるかと言わんばかりに手の力を強めるソウヤに、ハインケルは喘ぐように言った。

「ぼっ、僕が、正真正銘、ハインケルなんです。ソウヤ一尉に、スズヤ二尉、ですよね……?」

 ソウヤとスズヤが同時に目を瞠る。それはそうだろう。信じろという方が難しい。
 今のハインケルと彼らの知るハインケルでは、見た目があまりにも違いすぎる。髪と目の色こそ同じだが、十歳前後の子どもだったのに対し、今は年齢通り、二十歳を過ぎた青年の風貌だ。肉は薄いが長身で、顔つきからなにまで変わっているのは鏡を見ずとも想像がつく。

「お前がハインケルだって証拠は、」
「緑のゆりかご計画に使用されるジグダ爆弾は、このプレートじゃ僕にしか解除できない。この頭が、“ハインケル”のなによりの証明になると思う。……と、思います」

 ソウヤの言葉を遮って強気に言ってはみたものの、その眼光の鋭さを前にすると、あっさりと臆病風に吹かれて語尾が揺れた。
 胸倉を掴んでいた手が緩む。そのままベッドに突き飛ばされ、仰向けの状態であっという間に両手だけを高く上げさせられた。
 腹の上に体重がかかる。押し倒されるような形になったハインケルの上に膝を乗り上げ、ソウヤが冷ややかに見下ろしてきた。


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