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 面倒くさい。誘われるようにベッドに顔から飛び込み、全身の力を抜く。
 この身体に生まれたことを悔いてはいない。悔いたところでどうしようもないのだから、そんな無駄なことはしない。色を持たない、そして男でも女でもない特殊な身体だからこそ、今の自分はここにいる。普通の人間として生まれていたら、一体どうなっていただろう。つまらない人生を送っていたとすれば、今の方がよほど幸せだ。
 “今”が楽しい。心の底からそう思う。
 たとえ世界が白に呑まれようとも、空軍の立場が誰からも理解されなくとも、白を宿したこの身が衆目に晒された挙句、嘲笑されようとも。
 運命などという殊勝な言葉ですべてを受け入れる気はないが、あるべきものを無視して嘆く心は持ち合わせていない。
 今日集まっていた緑花院の連中は皆、自分達の勝利を確信して上機嫌だった。緑のゆりかごはもうじき完成する。あのプレートの一国を犠牲にし、この世界には緑を、自分達には揺るぎない地位と巨万の富をもたらす。
 形骸化しつつあるとはいえ、この国を牛耳るのは緑王その人であるはずだ。しかし、実際に国を動かすのが王ではないという事実は、義務教育を終えた子どもなら誰もが知っているだろう。それでも王は、王として頂にあり続ける。
 それを疎ましいと思う者が出てくるのも、当然の流れだった。
 緑王は元より王族は、緑を生む唯一無二の存在だ。彼らがもたらす緑の恩恵があるからこそ、誰も王族を無碍にはできない。
 ――だが、緑を生みだせるのが王族だけではないとしたら?
 王族だけが持つ最大の特権を、その血を交えない者でも持つことができたとすれば。今は偽りの緑でもいい。この世界に白ではなく、色鮮やかな緑の植物が溢れるようになれば。
 そうなれば、もう彼らは必要ない。彼らがこの国の頂に座る必要も、それを崇めなければならない理由もない。
 緑王を名実ともに頂から引き摺り降ろし、この国の実権を緑花院が握る。緑の復活という多大な功績を残したテールベルト空軍の地位は向上し、軍閥化した政権の中で大きな力を持つことができる。ビリジアンと手を組むことによって、吸える蜜の甘さも格段に糖度を増す。
 テールベルトで緑を独占できないのは痛手だろうが、先を見据えれば大したことはない。三柱の一つ、カクタスがまず食いつく。それから小さな近隣諸国が動き始め、テールベルトとビリジアンにもたらされる利潤は計り知れないものとなるだろう。
 ビリジアンは王制だ。玉座から転げ落ちた王族へ、「心優しい配慮」をしてくれることだろう。英雄の国がもたらすその温情は、両国の国民に好感情を植え付ける。

「はてさて、どうなることやら」

 小さく笑って、うとうととまどろむ意識を、それが望むままに眠りの淵に漂わせる。完全に寝入ることができなかったのは、椅子に掛けた上着のポケットの中で端末がけたたましく鳴き始めたせいだ。
 寝入り端を邪魔され、子どものようにむくれてコールを受けたムサシの目が、耳に押し当てた機械越しの声を聞くなり一瞬で色を変えた。耳に突き刺さるように飛び込んできた報告内容に、睡魔が完全に闇の向こうへ逃げ帰っていく。
 着替えないでいてよかった。上着を羽織りながら、動揺を隠せないでいる通話相手に笑いかけた。

「落ち着きなさい、もう手は打ってあります。必要とあらばイセ隊を出しましょう。それまでは誰も動くことのないように。無論、このことは他言してはいけませんよ」

 上擦った了承に苦笑が漏れた。そこまで焦ることもないだろうに。

「たかだか一隻飛び出しただけでしょう。その艦が、他より少し毛色が違っていただけですよ」

 その毛色がテールベルトを代表とする色をしているとなれば、動揺するのも無理はないのかもしれないが。
 通話を切るなり、ムサシは各所に連絡を回して己も部屋をあとにした。どうやら今夜は寝ている暇もないらしい。ご高齢のお偉方には大層不満を投げられるだろうが、それも致し方ない。朝まで待とうものなら、判断の遅さをあげつらわれるのがオチだ。
 歩きながらネクタイを結ぶ。鏡を見なくても綺麗に整えられるほど、この動きにもすっかり慣れていた。
 もうとうに就寝時間を過ぎている基地内の廊下は暗く、うっすらとした光が足元を照らすのみだ。そこに一歩足を踏み出せば、静寂を足音が打ち破る。
 しばらく過ぎたところで、それはムサシだけのものではなくなった。

「ムサシ司令」
「おや、こんばんは、イセ艦長。お休みではなかったんですか?」
「今夜は随分と騒がしいものですから」

 ムサシを呼び止めたイセは、こんな時間だというのに軍服を着崩しもしていなかった。その表情は硬い。猛禽類のような双眸が、まっすぐにムサシを見下ろしてくる。
 イセは騒がしいと言ったが、基地内は夜の静寂を守っている。騒然としているのは夜勤の空渡観察官達と、一部の人間だけだろう。


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