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途中からマミヤは姿を消したのだという。ソウヤいわく、「首を突っ込みすぎたんだろ」とのことだった。この計画に王族は関わっていない。国の頂点に座すのは緑王であるにもかかわらず、ただの象徴として見る体制は昔からあった。ナガトとて、緑王自らが国を動かしているとは思っていない。
ただのお飾りならば必要ないだろう――そう考える者達が動いた計画だとすれば、王族であるマミヤに嗅ぎ回られることは煩わしかったに違いない。
マミヤは無事なのだろうか。そんなナガトの疑問を汲み取ったように、ソウヤが軽く頷いた。
「心配すんな、さすがに直系のお姫さんをどうこうするような馬鹿はいねぇだろ。そんな連中よりむしろ、お姫さんの方が問題児だ。自分がこうなること予想してたらしいが、よりにもよってあの人を連絡役に寄越すなんざ……」
「あの人って?」
珍しく苦い顔で言い淀んだソウヤの代わりに、ヒュウガが溜息交じりに言葉を引き継いだ。
「緑王陛下だと。俺も聞いたときは、ついにソウヤの頭がおかしくなったのかと思った」
「ヒュウガ一佐、ついにってどういう意味ですか」
「悪い悪い。元からアレだったな」
携帯用のタブレット端末で各隊員に指示を飛ばしつつ、ヒュウガが軽く肩を竦める。
もうさっきから驚き通しで、これ以上どう驚けばいいのか分からなくなってきていた。
たかだか一軍人に、緑王自らが連絡を寄越した? こんな状況でなければ、それこそ大法螺だと判断していたに違いない話だ。
「あのじゃじゃ馬、事前に俺の個人コードを教えてたんだろうな。陛下御自らのコールだ、さすがに目ぇ剥いたぞ。しかも淡々とパスコードだけ伝えて切られたとあっちゃ、夢かとも思ったがな。覚めない辺りそうでもないらしい。イブキに頼んでお姫さんの端末からアクセスして、この艦の発艦準備したってわけだ。さすがに俺一人じゃどうにもできねぇから、ヒュウガ隊を巻き込ませてもらったが」
「馬鹿たれ。元はと言えばヒュウガ隊の任務だ。俺が出んと話にならねぇよ。カッコつけんな、若造が」
吐き捨てるようにヒュウガが言い、ソウヤが苦笑混じりに微笑んだ。
「でも、ソウヤ一尉、本当にそれだけでこっちに来たっていうんですか? だって、こんな……」
いくら王族が絡んでいるとはいえ、ここまでの勝手をしては除隊は免れないだろう。下手をすれば反逆、テロと見られても文句は言えない。
ソウヤはテールベルト空軍の中でも、五本の指に入る優秀なパイロットだ。冷静な判断力、圧倒的な空戦技術。人を惹きつける能力にも長けているし、それになにより彼は緑防大出だ。エリートコースを歩んでいる人間にとって、こんなことは致命傷にしかなりえない。
それなのに彼は、どうしてここに来たのだろう。これほど大それたことをしでかすには、よほどの理由と覚悟が必要のはずだ。
愕然とするナガトを前に、ソウヤはポケットからなにかを取り出した。机の上を滑るようにやってきたのは、小さなバッヂ――階級章だ。ナガトの軍服の襟にもついているが、デザインが異なる。
芽吹いた若葉を意味する「V」の形が三つ重なったデザインのそれは、ソウヤの階級を示すものでもない。
これは士長の階級を表すものだ。現在一尉のソウヤが持っているはずもない徽章から、触れた途端に強い決意のようなものが伝わってきた気がして、ぞくりと冷たいものが指先から駆けていく。
「……ソウヤ一尉、これ」
「お姫さんのだ。寮監が預かってた手紙の中に入ってた」
マミヤは軍人の証でもある徽章を外し、なにを思ったのだろう。
「ここから出ていくなら考えてやるとは言ったが、まさか本当に腹括っちまうとはなぁ」
ナガトの手に収まった徽章を見つめる瞳が思いのほか優しい。その優しさが、今は少し恐ろしい。
この人は、そんな無茶をするのか。
そんな無茶をしなければいけないくらい、あの国は無慈悲なのか。
歪んでいるのは彼と国、どちらなのだろう。
「いくら俺の心が神様もケツまくって逃げ出すほど優しかろうと、お姫さん個人の頼みなら聞かねぇよ。けどな、テールベルト緑姫(りょくき)と緑王陛下に頭下げられちゃ、どうしようもねぇだろ? ま、再雇用先は王家の警備隊にでも入れるようなんとかしてもらうわ。今より給料いいだろうしな」
「とかなんとか言っちゃってー。おれ達助けにきたとき、見張りの連中張り倒しながらすっごいカッコイイこと言ってたくせに〜」
「よーしスズヤ、イイコだな。全部終わったら枯れるまで泣かせてやるから、せいぜい期待しとけ」