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だからこそ、ナガトとて気軽に声をかけて仕事を共にできたのだ。直系の人間であれば、畏れ多くて声などかけられない。
一体なにが起きているのだろう。そもそもマミヤが直系の王族だったからといって、それがどうしてソウヤがここにいることと繋がるのだろうか。
混乱する頭を揺さぶったのは、甲高く鳴り響いたアラート音だ。ソウヤの腰に取り付けられた端末の叫びに、感染者の存在を知る。
「どんどん増えやがるな。あー……、計五体か。四つは俺が片付けるから、一つはお前やれ」
「――了解」
そう言ってスコープを覗くソウヤの背中はとても大きく、今はまだ追いつけそうにもない。怯えを見せた奏の頬を撫で、「大丈夫だから」と告げて背に庇う。
構えた薬銃は、今度こそその弾丸を吐き出した。飛び出してきた感染者の膝を撃ち抜き、倒れ込んだところにもう一発。
「ナガト、これ使え!」
「ありがとうございますっ!」
「いいトコ見せろよ、王子サマ?」
擦れ違いざまに薬銃を渡しながら、ソウヤがにんまりと口の端を持ち上げる。広報部が面白がってつけたあだ名を揶揄され、余裕の生まれた心の隙間を羞恥心が埋めた。言われなくても活躍するつもりだ。その決意を込めて引き金を引く。
一瞬鳴り止んだアラートが再びけたたましく声を上げ、新たな感染者の到来を告げる。それでも結果は同じことだ。ここにソウヤがいるというだけで、瞬く間に感染者が伏していく。
宣言通りテンポよく感染者を沈めていくソウヤの傍ら、銃口を最後の感染者に向けたそのとき、背後から弾丸がナガトを追い抜いた。
その一発で、完全にアラートが鳴り止む。
弾の軌跡を辿った先に、光を弾くレンズが見えた。
「ソウヤ一尉、オイシイとこ全部持ってかないでくださいよー」
これは本当に、どうなっているのだろう。
王族専用艦の上に立つその人は、わざとらしく唇を尖らせている。もともと肉付きの薄い方ではあったが、見ない間に少し痩せたのだろうか。記憶にあるその顔よりも、僅かに頬がこけて見えた。
レンズの奥の狐のような目には、嫌というほど見覚えがある。
同じヒュウガ隊に属し、何度も何度も嫌味を言われて心を抉られた。「兵器には程遠い」とナガトとアカギを刺したのも彼だ。彼は意地が悪いけれど、それでもとても頼りになる。
――彼がいるから、空の上で無茶ができる。
乾く唇で、ナガトは喘ぐように叫んだ。
「なんっ、スズヤ二尉まで!?」
「やっほー、久しぶり〜。って、なに情けない顔してんの? 腐っても“テールベルト空軍の王子様”がさぁ」
「ついこないだまで泣きそうな顔してたお前が言えた義理か?」
「ちょっと〜、それはナイショだって言ったじゃないですか。後輩の前でやめてくださいよー」
「へらへらしてる場合か。とりあえず話は艦に戻ってからだ。――ナガト、今なら遠慮なく姉ちゃん抱いていいぞ」
今までとはまったく違った悲鳴が奏から上がり、ナガトは思わず吹き出した。当然平手が飛んできて、肩を思い切り叩かれる。そんな痛みなど、痛みとも呼べない。
なにがどうなっているのか、自分の頭ではまだ処理しきれない。それでも、なにかが大きく動いたのだということは理解できる。
それが良い方向へか、悪い方向へかは分からないけれど。
「……まあ、いっか。それじゃ行くよ、奏」
「ちょっ、ええって! 自分で歩けるっ、歩けるって! なあ!」
「ほら、しっかり掴まってて。まあ、暴れたところで落とすわけないけど」
「ナガトっ!」
「あのさぁ……」
横抱きにした途端じたばたと暴れ出す奏に、額を重ね合わせて溜息と同時に囁いた。
「無事だったんだって、確かめさせてよ。……きみも、確かめて」
怯んだ奏の腕を、視線だけで首に回すよう促した。
呆れたソウヤは先に進み、にやにやと笑うスズヤがこちらを見ている。相変わらず趣味の悪い人だ。今はそのことにとても安心している自分がいて、ナガトは心中でそっと苦笑した。
恐る恐る首に回された腕の感触に、はっきりと笑みが浮かぶ。奏と目が合うことはないが、それでも確かに感じる体温がすべてを物語っていた。
無事だった。
安堵するナガトの頭に、か細い指先が滑り入る。あのときと一緒だ。髪を梳く心地よい感触に頭を預ければ、抱えるように力を入れられた。こつり、再び重ねられた額からゆっくりと互いの体温が溶け合っていく。
目を閉じて感じるその熱に、今にも泣き出しそうだった。
「……無事でよかった」
どちらともなく零した言葉は、きっと上官達には聞こえていなかっただろう。
【19話*end】
【2016.0429.加筆修正】