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「もうさぁ、色々と手ぇ回すの大変だったんだからねー。最後くらい楽にさせてよ」
「え……?」
「あたしとしてはこんな手の込んだことしないで、さっさと殺しちゃった方が楽なんだけど。でも、さすがに貴重なデータごと消すのは惜しいって話になったのよね。だからちょうだい、兄さん」
「な、なに、を……」

 どれだ。どのデータだ。
 ここまで来たからには、ハインケルが持っていてドルニエが持っていない情報などないように思える。たとえそんなものがあったとしても、研究室の端末を操作すれば一発だ。わざわざハインケルとミーティアを脅しつけるような真似をしなくても、彼女の技術ならばロックなどものの数秒で解除して欲しいものを得ることができるだろう。
 それをしない――できないものが、自分達にはあるのか。
 困惑により口を閉ざしたハインケルに、ドルニエは心底馬鹿にしたような眼差しを向けて鼻で笑った。

「やぁだ、しらばっくれないでよ。バカにしないでよね、スッゴク不愉快! なんであんたがそんな気持ち悪い姿でいるのか、あたしが知らないとでも思ってんの!?」
「え……?」

 ミーティアが「どういうこと?」と無声音で問いかけてきた。
 分からない。かすかに首を振り、ハインケルは己の姿を見下ろした。くたくたの白衣は土汚れがつき、見るも無残な姿になっている。できるだけ顔を隠したくて伸ばしている癖の強い前髪の隙間から見えた自分の手は小さく、地面についた膝もこじんまりとしていた。
 確かに気味の悪い姿には違いないだろうが、その理由に秘密などない。昔から変わらない、いつも通りの自分の姿に変わりはなかった。
 ドルニエが求めているものがさっぱり分からない。はっきりと言ってくれればいいのに、ドルニエは苛立ちを募らせるばかりでなにも言ってはくれない。このままでは彼女の怒りは煽られるばかりで、やがて爆発してしまうだろう。
 案の定、ドルニエはしばらくすると痺れを切らし、甲高い声を上げて怒鳴った。

「ねえ、アレ出して!」

 すぐさま頑丈なジュラルミンケースが運ばれ、ハインケルの目の前で開けられた。中には医療用のものより僅かに大きな注射器が、緩衝材に埋もれるようにして鎮座している。
 身体が動いたのは本能だった。
 ミーティアのことも一瞬忘れ、ハインケルは無我夢中でその場から逃げ出した。この怯えようでは逃げないだろうと判断されていたのか、拘束は緩く、男達の虚を突いて腕を振りきることができた。
 最初の飛び出しは成功だ。なにも考えずに走り出し、必死で地を蹴り、前だけを見た。スツーカが胸元から飛び立っていく。
 しかし数メートル進んだところで、ハインケルの身体はあっさりと地面に叩きつけられた。背中から思い切り突進され、男が重なるように上からのしかかってくる。肺が潰れそうな圧迫感に、濁った悲鳴が唇を割った。鼻先を湿った土の匂いが掠める。目の前で緑の小さな草が揺れていた。このプレートでは雑草と呼ばれるものだ。

「あーもう、めんどくさーい。ちょっと動けなくしちゃってくれる? 関節外しゃすぐ大人しくなるだろうから」
「承知しました」
「あっ、やめっ、おねがっ……、いやぁっ!」
「ハインケル博士っ!」

 後ろ手に拘束され、地面に俯せに押し付けられたまま、ハインケルはミーティアの心配に満ちた声を聞いた。
 逃げられないと分かっているのに、それでももがかずにはいられない。捕らえられた虫のように抵抗を続けていると、凄まじい衝撃が肩に走り、自分の中からありえない音を聞いた。

「あああああああああっ!!」

 痛い。熱い、痛い。左腕に力が入らない。
 それどころか、だらりと力なく地面に落ちて動かない。肩を外されたのだ。口の中に入り込んだ砂利を噛み締めながら、苛烈な痛みに呻く。
 しかし、それもすぐに遮られた。後頭部に硬く鋭い感触が押しつけられ、悲鳴を地面が吸い取っていく。ぐりぐりとハインケルの頭を踏みつける足はドルニエのものだ。尖った踵が後頭部に食い込み、今にも突き破られそうな激痛を与える。
 侮蔑を含んだ笑声を浴びせながら、ドルニエの爪先が土に汚れたハインケルの顔を掬い上げた。


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