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「なら、戻れ」
音もなく放たれた薬弾が、感染者の足を打ち抜く。
レベルC感染者ならば、殺処分は許されない。それがルールだ。どれほどこちらが不利に追い込まれようと、ルールは守らなければならない。
彼らにはまだ、救いがあるのだから。
“ルールは守るべきだ”。その考えは変わらないが、今のヒュウガ隊に対するヴェルデ基地司令の判断は“ルール違反”に値しないだろうか。――いや、状況が変わればすべてが変わる。臨機応変な判断は必要だ。
だが――……。
「なにをぼさっとしている!? 気を抜くな、ド阿呆がッ!」
目の前に迫った感染獣が断末魔を上げて地面を転がる。上空からのハルナの援護がなければ、その鋭利な爪がアマギの顔を抉っていただろうことは間違いなかった。
深く息を吐いて気を引き締める。
今は他のことに意識を回している場合ではなかった。たとえそれが、所属する組織の在り方を見直す機会に繋がるとしても。
静かな銃声が夜を駆ける。
絶望すら感じさせる感染者達の咆哮が、彼らに残された希望を食い荒らしていくようにさえ思えた。
* * *
バラバラと激しい音を立てるヘリコプターのローター音が、何機も重なって不快な音楽を奏でている。
冬空が寒さばかりを届けて身を凍えさせるにも関わらず、そこには多くの報道陣と野次馬で溢れかえっていた。正門前はもちろん、裏門の周りにも記者が押し寄せ、必死に立ち入らせないようにする警察との攻防を繰り返している。
明るい声で溢れているはずの学び舎は、今やその鳴りを潜めてしまっている。
何台ものパトカーと消防車、救急車までが待機する物々しい光景をスコープで切り取っていたアカギは、手元の端末が奏でるアラートに舌を打った。
感染者発生のアラートが鳴り響いたのは、もう一時間ほど前の話だ。
モニターに映し出された点の位置を確認した瞬間、さっと血の気が引いたのを覚えている。この町の地図と重ね合わせると、明滅する点の位置は見事に、県立白緑高校に重なっていた。
それだけならば、これほど驚かなかったに違いない。アカギが凍りついたのは、以前その場所に訪れたことがあるからだった。
ミーティアとハインケルの頼みで穂香を迎えに行った際に、アカギは確かにこの位置を目指してバイクを走らせた。
この場所には穂香がいる。ここは間違いなく、あの気弱な少女が通う高校だった。
戦慄はすぐさま行動を起こさせようと身体を動かしたが、艦で待機していたナガトの蒼白になった顔を見て足が止まった。手元の携帯端末よりもさらに精度を増した巨大モニターに、いくつもの点がうるさいくらいに明滅し、存在を主張している。
「おい、待てよ。嘘だろ……」
「急速な集団感染……。俺らじゃ、捌ききれないぞ」
「ッ、艦長に連絡入れるぞ! 駄目元だ、あとハルナ二尉にも! ナガト、艦出せ!」
「バカかお前っ、ここは室長さんに連絡して向こうの応援呼ぶしかっ」
「あそこには穂香がいんだよ! ぼやぼやしてる間に喰われんぞ!」
そう判断したものの、ヒュウガ及びハルナへのコールは虚しく、繋がることはなかった。ヒュウガへの連絡手段が絶たれたことは薄々予想していたが、ハルナの個人端末にすら連絡できない状況に焦りと苛立ちが募る。
なぜだ。
テールベルト空軍は、外部からなんらかの妨害を受けているのか。
そうとしか考えられなかったし、そうとしか考えたくなかった。外部の影響でないとすれば、自分達は命を預けた組織に見捨てられたことになる。そんなことはありえないのだと、あるはずがないのだと、焦慮に駆られながらも身体を動かした。
高校へと向かう間にミーティアに事情は説明したが、そちらの応援が期待できるかは微妙だ。
アカギ達が到着する頃には、もうすでに高校の周りには人だかりができていた。事件発生から十分も経たないうちに、「銃を持った男が高校の敷地内へ侵入するのを見た」という近隣住民からの通報があったらしい。それによって早急に警察が駆けつけたのはいいが、事態は膠着状態となって動きを見せなくなってしまっていた。
――銃を持った男が高校に立てこもり、生徒達を脅してバリケードを築かせている模様です。
――犯人の目的は未だ分からず、――……。
否が応でも聞こえてくる現場の状況に、矢も楯も堪らなくなってくる。
端末が示す点は少しずつ、けれど確実に増えている。まぎれもない、疑いようのない集団感染だ。