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叫ぶ欠片の声を聞け *14



 変調をきたすその音を、誰も気づかずにいる。
 前を見ろ。
 目を開けろ。
 もう逃げることはできない。それは許されないのだから。
 お前が望んだ未来が訪れる確約など、誰にもできないのだから。


* * *



 初めは、ただの雑音でしかなかった。
 流しっぱなしにしているテレビは、それまで得意げに芸能人のスキャンダルを報じていた。
 誰と誰が付き合おうが、その誰かが誰と浮気をしようが、自分と関係なければ正直どうでもいいと思ってしまう。
 自分のいる場所と同じ日本国内のニュースではあるが、どこか現実味のない、遠く離れた場所の出来事だ。喜ばしいニュースも痛ましいニュースも、それによって嬉しくなったり憤ったり感情が動かされても、それは一過性のものでしかなく、いつもどこか他人事だった。
 多くの人がそうであるように、それは山城明里(やましろ あかり)にとっても同じことだった。
 たまたま平日に休みが重なったので、明里は恋人である夏之(なつゆき)の部屋に昨夜から訪れていた。とはいっても同じマンションのお隣同士なので、ちょっとした着替えや荷物を取りに戻ったりもしている。ある日の“真冬のホタル”が導いた二人の関係は良好で、いたって平和な日々が続いていた。
 毎度のことながら気軽なお宅訪問の最中、BGM代わりにつけていたテレビから、臨時ニュースを告げる短い音楽が流れた。
 ――地震だろうか。
 昼ご飯用のチャーハンを炒めながら、キッチンからテレビに目をやる。テロップが画面上部に流れたが、この距離ではよく見えない。
 まあいいか。そう思いながら意識をフライパンに戻した途端、スタジオのアナウンサー達が俄かにざわつき始めた。

『えー、臨時ニュースです。たった今入ってきた情報です。H県の県立白緑(びゃくろく)高校で、立てこもり事件が発生しました。繰り返します。H県の県立白緑高校に、男が銃を持って立てこもったとの情報が入ってきました。現在、けが人などの詳しい情報はありません』
「えっ?」
「ん? どした?」

 耳に飛び込んできた情報に、思いのほか大きい声が出た。
 それまでソファで雑誌に目を通していた夏之が、不思議そうにこちらを見ている。「いや、ええと」信じられないという感情が言葉を濁らせた。
 火を止め、首を傾げながらテレビに近づく。見えないはずがないのに、気がつけば三十センチもないような距離で画面に食いついている自分がいた。
 薄い画面の中では、アナウンサーやコメンテーター達が、神妙な顔つきで「怖いですね」と言い合っている。チャンネルを変えても、どこも同じような状態だった。詳しい情報は分からない。そればかりを繰り返す中に、確かな情報が一つある。
 知らず知らずに、指先に力が籠もっていた。

「明里? どうした?」
「この白緑高校って、確か、奏の妹ちゃんが通ってるトコだった気が……」
「え? ――おいおい、や、だって、今この高校、男が銃持って立てこもってるって言ってたぞ」
「どうしよう、私、奏に電話してみます!」

 親友の姿が脳裏に浮かぶ。
 明里は進学を理由に関東へと越してきたが、奏はそのまま関西の大学に進学した。いつも明るくて頼りになる親友は、妹のことが大好きだった。こんなニュースを見れば、さぞかし心配していることだろう。
 明里自身、奏の妹とは何度か顔を合わせたこともある。大人しく控えめな子で、とてもじゃないがこんな大きな事件に巻き込まれて平気な顔をしていられる人間ではないように思えた。
 ついさっきまで無関係だった箱の中の出来事が、なぜか急に現実味を帯びて迫ってきた。立てこもり犯が近くにいるわけでも、自分の妹が現場にいるわけでもないのに、どうしてだか手が震える。そっと寄り添ってくれる夏之がいなければ、上手く携帯を操作することもできなかっただろう。
 なんとかアドレス帳から親友の番号を呼び出して、大きく息を吐いてからコールする。
 ――どうか無関係でありますように。
 すぐには出ない。焦りと苛立ちを感じながら何度かかけ直すと、いつもと変わらぬ明るい声が鼓膜を揺らした。

『もっしもーし、久しぶり、明里! どうしたん?』
「奏!? ねえ、テレビ見た?」
『――へ?』


* * *



 日常も、非日常も、すべてお前の傍にある。
 お前にとっての日常が、誰かにとっての非日常であるように。


* * *



「いっ!!」
「あ、すみません! ごめんなさい!」

 ぐっと大きく伸びをしたカシマの手が、たまたま後ろを通りかかったアマギの顎に当たって、その衝撃で眼鏡が飛んだ。
 どう贔屓目に見積もっても高校生にしか見えないカガ隊の新米が、一瞬で涙目になって頭を下げてくる。


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