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「……なんだ」
『こっちの状況なんですけど、スズヤさん達、みーんなそれぞればらばらに隔離されちゃってます。ソウヤ一尉にもいろいろお話したんですけどぉ、ちょーっと動けないみたいで。だからハルナさん、マミヤのお願い聞いてくれません?』

 すぐさま頷いてしまいたくなるのを、総動員した理性がなんとか押し留める。火照る身体から熱を逃がそうと襟を緩め、ハルナは聞こえてくる声に集中した。
 ヒュウガ隊の話となれば、浮ついた気持ちで聞くわけにはいかない。
 テールベルトでなにが起きているのかと問えば、マミヤは小さく咳払いをして切り出した。

『こっちでなにが起こってるのか、正直まだよく分からないんです。でも、“わたし”が動けてないのはちょーっと問題かもぉ』
「マミヤ士長が動けていない……?」
『上官からさーっそく釘刺されちゃいまして。王族が関与することを、警戒してるんじゃないかなーって思うんですよねぇ。緑花院がなにかあるんじゃないかなぁって。それで、ハルナさんにお願いなんですけどぉ』
「なんだ?」
『カクタスの研究者さんに、ご連絡ってつきません?』

 その言葉に、一瞬にして指先が冷えた。

「……なぜ」
『テールベルトじゃもう根回しされてる気がして。それにハルナさん、空学生時代向こうに留学なさってましたよね? それで……って、ハルナさん? 大丈夫ですかぁ? ハルナさーん』

 ――愛してる、ハルナ。
 白い肌に葉脈が浮き、狂ったようにハルナの名を呼び続けた女の姿がよみがえる。どうして殺すのかと訊ねた彼女は、最期の瞬間までハルナに愛を囁いた。
 彼女はカクタスの研究者だった。白衣を纏い、データと向き合う人だった。
 胸に、痛みが突き刺さる。
 感染し、発症し、それでも彼女はハルナを求めた。研究していた新薬の効果で理性が完全に奪われなかったのは、幸か不幸か、どちらだったのだろう。
 愛する女の最期の言葉を奪ったのは、他でもないハルナ自身だ。

『ハルナさん? ハルナさーーん?』
「……ああ、すまん。少しぼんやりしていた。――それで、カクタスの研究者だったか。なぜ、カクタスの、それも研究者が必要なんだ?」
『ナガト三尉達が飛んだ地域に、ハインケル博士が派遣されました。他の特殊飛行部でもカラスでもなく、ハインケル博士個人です。そこがなにか引っかかって』

 カガ隊が派遣された地域にも調査係の研究者達が派遣されているが、あくまで特殊飛行部に同行する形を取っている。いくら感染者の発生数が少ないとはいえ、このプレートに研究者を単身で空渡させること自体が異例だ。

「まあ、確かにな。それで研究者サイドから当たろうというわけか。……悪いが、信用できる知り合いはもういない」
『そうですか……』
「そういえば、ナガト達と一緒にビリジアンの研究者がいるそうだが。そっちとは連絡できるかもしれん。ビリジアンでは駄目か?」

 黒髪の美しい女性研究者の姿を思い出す。彼女はミーティアといったか。ハインケルの補佐という形で共にいるはずだが、真意は分からない。

『ビリジアン、ですか。うーん、……ハルナさん、“緑のゆりかご”って、どう思いますぅ?』
「緑のゆりかご? どうと言われてもな。おとぎ話がどうした」

 ビリジアンと言えば、“緑のゆりかご”が最も有名な話だろう。
 かつて、ビリジアンという国は英雄を生んだ。白の植物に侵されていく世界を守るため、一人の青年が立ち上がった。青年は、特異であった。白の植物に対する耐性を持っていた彼は、国に、世界に尽くした。
 ――彼は、白の植物からの感染を食い止めるため、その身を捧げたのだという。
 遥か昔の英雄伝説だ。具体的な話は分からないし、真実だったのかも分からない。
 だが、彼が英雄として姿を消してからしばらく、白の植物に怯えることなく過ごせた期間があったのは事実だった。
 ゆえに、その話は“緑のゆりかご”と呼ばれている。
 由来はなんだったか、覚えていない。その“ゆりかご”は生まれたばかりの緑を優しくあやすという意味だったろうか。それとも、人々を守る緑の存在という意味だったろうか。
 どちらにせよ、おとぎ話のようなものだ。ハルナはもちろん、ほとんどの人間がそう思っているだろう。



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