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「つか、おれ達がただここにいるだけってのがおかしいでしょう。あんなことがあったんですから、普通は“カラス”共がしゃしゃり出てくるはずですよ」
「未だに音沙汰なしか?」
「まぁったく。外に対しては完全に沈黙を守ってるって感じですよね」

 カラスこと事故調査委員会は、外部の調査機関だ。軍内でなにか事故が生じた場合、彼らが派遣されることになっている。全身黒のスーツで固めた彼らは、その姿と性質から、皮肉を込めてカラスと呼ばれていた。
 誰もが彼らに好印象を抱いていないが、スズヤはそれが人一倍だろう。かつて、この男もカラスの嘴につつかれ、爪を立てられたうちの一人だ。

「カラスの動きは分からねぇが、軍内じゃ纏めて処分しちまおうって噂でも持ち切りだけどな。それだとまだかわいげがあるが」
「緑花院が関わってたら、その程度じゃ済まなさそうですよねー。うわ、おれどーなっちゃうんだろー」
「ま、上手いこと料理されて捨てられんのがオチだわな。ご愁傷さまってやつだ」
「……ふつー、助けようとか思いません?」

 返事の代わりに鼻で一蹴する。項垂れたスズヤの肩から伸びたシャツが落ち、鍛えられた肩が剥き出しになった。僅かに痩せたか。まじまじと観察していると、わざとらしく照れたそぶりをしてきたので、腹が立って拳骨を落とした。
 悶絶するスズヤを無視し、我が物顔で煙草に火をつける。――禁煙? 知るか。床に転がっていた空き缶を灰皿にして、ソウヤはぷかりと紫煙をくゆらせた。

「それにしたってなぁ。……ま、お姫さんが動きかけてる。暴走させねぇためにも、俺もちっとは調べておいてやるよ」
「お姫さんって、マミヤちゃんですか?」
「おー。怖ぇぞー、あのお姫さん。王家の人間っつーのはどうも苦手だ」

 下手をすれば、甘い香りに惑わされそうになる。
 深い緑の眼差しは、甘いだけのものではなかった。強い意志と弱々しい怯えを同居させて震える瞳が、胸の内をぞくりと震わせてきた。
 今までアタックされた既婚者達が、彼女の誘いを上手い具合に断ってこられたことが不思議なほどだ。

「てことは、王家の関与は五分五分かー。……ま、そんなもんですよね。あっ、それより、調べておいてくださるなら、いい相手がいるんですよ」
「あ?」
「開発部のイブキ一曹をあたってみてください。あいつ、なんか知ってるかもしれないんで」


* * *



 鮮やかな色の着物を纏い、花を生ける。みずみずしい生花の香りが室内には広がっていたが、シナノにとっては日常の一つだった。屋敷は常に緑の香りに溢れている。庭を見れば四季折々の植物が光を浴び、その時々によって色を変えて目を楽しませた。
 この生活が特別だなどと思ったことはない。生まれたときからずっとこの生活に身を置き、比較対象もなかった。話には聞いていても、“壁の外”の生活はやはり現実味がない。

「シナノ、話は以上だ。失礼のないようにな」
「はい、伯父様。お任せくださいませ」

 鷹揚に頷いて去っていく伯父は、シナノの生けた花には興味がないようだった。昔は「よくできた、綺麗だな」と褒めてくれたというのに、最近ではろくに見てもくれない。一抹の寂しさを覚えながらも、シナノは手を休めて伯父を玄関まで見送った。車の後ろ姿が見えなくなるまで、深く腰を折って送り出す。
 専属の使用人であるハマカゼを連れて自室に戻ると、花はすでに片付けられていた。まだもう少し手を加えたかったというのに残念だ。言いつければすぐにでも用意されるだろうが、なんとなく興がそがれてしまってその気にならない。舞踏の稽古まではまだ時間があった。それまで庭を散歩するのもいいだろう。

「ねえ、ハマカゼ。あの国の方は、一体どんなお着物がお好きかしら?」
「古風で、鮮やかなお色のお着物がよろしいかと存じます。かの国の方々にとっては、テールベルトの伝統衣装はとても珍しいものでしょうから」
「では、やはり緑に花模様かしら。けれどあまり派手すぎるのは駄目ね。品がないと思われてしまうわ。……お兄様に選んでいただければ言うことがないのだけれど」
「ヤマト様はご多忙のご様子。それは少々難しいかと」
「分かっているわ。言ってみただけ」


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