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「おっかえり〜」
「う、うん。ごめんね、急に。あの、そのサボテンのことだけど、えと……、預からせてもらえない、かな」
「え? なんで?」
「ごめんね。その方が、色々分かると思うし、あの……」
「持ってくんのめんどくさい。つかさぁ、赤坂さん、そのままパクる気なんじゃない?」
「えっ!? ちっ、ちがっ、」
「ほんまに〜? だってさぁ、赤坂さんってヤクザと援交してんでしょ? お金に困ってるならさぁ、それくらいしそうでこわーい」

 陰で囁かれてきた毒が、刃としての明確な意図を持って降り下ろされた。すぐに否定できなかったのは、あまりの衝撃に頭が働かなかったせいだ。だが、その一瞬の沈黙を森田は肯定と取ったらしい。楽しそうに声を上げて笑って、隣の松本の背に隠れるように身を寄せる。

「ちがうっ、私そんなのっ」
「え〜? だって夏美らが言ってたもん。みんなそう言ってんのに、赤坂さん全然否定しないし」
「森田、あんまいじめんなよ」

 立ち尽くす穂香を見て宥めるように松本が言ったが、森田は唇を尖らせるだけだった。わざとらしいほど眉根を下げて傷心してみせた森田が、甘ったるい声で「ごめんねぇ」と穂香の肩にしがみついてくる。
 その瞬間、ふわりと香る香水が耳元で毒に変わった。

「――そんなに目立ちたい? インキャ(陰キャラ)が色目使ってんなよ、ほんっとうざい」

 低い呪詛に胸を刺される。
 一気にせり上がってきた涙を見せたくなくて、穂香は鞄を掴んで駆け出していた。森田を振り払うように教室を飛び出せば、背後から彼女の悲鳴とそれを擁護する女子達の声が追いかけてくる。「沙耶かわいそー」「大丈夫?」「突き飛ばすとかサイッテー」そんな声が死神の鎌を振るう。
 階段を駆け下り、ひと気のないトイレの個室に滑り込む勢いで閉じこもった。後ろ手に鍵をかけた瞬間、一気に涙が溢れていく。

「ふっ、ううっ……!」

 どうして。
 どうして、私ばかりがこんな目に遭うの。どうしてあんな酷いことを言われなければならないの。
 好きにすればいい。
 白の植物に飲み込まれ、人間じゃなくなってしまえばいい。そうしてみんな死んでしまえば――……。
 己の吐き出す呪詛の海に溺れてしまいそうだった。こんな汚いことは考えたくないのに、血を流し続ける心が同じだけの痛みを他者にも求めている。
 ポケットの中で携帯が震えた。世界は滲んだままだ。暗がりの中、小さな光が灯る。

『おっつかれー! 面接終わったー! いい感じやったで。ほのちゃん、暇ならこれからお茶でもせん?』

 絵文字で華やかに飾られたメッセージに、穂香は声を押し殺して泣いた。


* * *



 照らさないで。
 影がより濃くなってしまうから。
 綺麗なものを見せないで。
 汚いものがより目立ってしまうから。
 

* * *



 テールベルト空軍ヴェルデ基地内は、いつもと同じようでいて、どこか違った。
 それはあの事故がきっかけだと十二分に理解していたが、生じる違和感はそう簡単には拭えなかった。隊員一人一人の雰囲気はそう変わらないというのに、集まればこうも変化をもたらすものなのか。
 つい先日、他プレートでの任務を終えて戻ってきたソウヤは、会議室にて向けられた深い緑の双眸を思い出して身震いした。甘い香りを放ち、絡め取るようなあの視線と声。王族という言葉が裏に持つ意味を、自身で味わったのだ。
 マミヤの誘いは受けるわけにはいかないものだった。そんなことをすれば、首を切られるだけでは済まなくなる。当たり前の思考が彼女の話をにべもなく断ったが、突きつけられた疑問を自分も感じていないと言えば嘘になる。


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