5 [ 84/225 ]

 笑う声には夏美や春菜のものも混じっている。北海道旅行に行ったあのときまで、彼女達のことを友達だと思っていた。そう思っていたのは穂香だけだったらしい。
 佐原との一件以来、郁以外のクラスメイトは皆一様に距離を取り始めた。腫れ物を触るかのように扱う者、侮蔑の眼差しを向ける者、無関心を装いながら噂を煽る者、その態度は様々だったけれど、誰もが穂香との間に線を引いたことには変わりがない。
 他の者よりも距離が近かった分だけ、夏美や春菜の言葉はより一層穂香の胸に鋭い傷を刻んでいく。なにより“友達”の言葉だ。周りの者も彼女達の言うことに信憑性ありとして、さもそれが真実のように伝えていく。
 その苦しみは休み時間だけにはとどまらず、受験シーズンということもあって、ほぼ自習状態の授業中も同じだった。携帯をいじっているクラスメイト達すべてが穂香のことを笑っているような疑心暗鬼に陥り、呼吸が自然と浅くなる。
 ――どうして私がこんな目に。考えまいとしていても、どうしても思考はそちらへ走り出す。重しを乗せたトロッコが坂道を下るように、どんどんと加速していってブレーキは言うことをきかない。
 ――私じゃなくて、他の誰かだったらよかったのに。放課後、帰り支度をするクラスメイト達の笑顔をぼんやりと眺めながら、穂香はそんなことを思っていた。模試の結果が芳しくない、制服の乱れを注意された、親がうるさい。そんなことで文句を言う彼らの“不幸”や“苦労”と、今の自分が背負っているものを比較すれば、天秤は一瞬で穂香の側に傾くだろう。
 代わってほしい。模試でC判定を取れば、あの出来事は夢になるだろうか。制服を着崩せば、白の植物は消えるだろうか。親と喧嘩すれば、異世界の軍人達と出会わなかったことになるだろうか。

「なあ。なあってば、赤坂。聞いてる?」
「え……?」
「赤坂ってさぁ、花とか育てんの得意なんだよな? 前に山下から聞いたんだけど」
「あ、えと……、うん」

 急に話しかけてきたのはクラスメイトの松本だった。何度か用事で話したことのある程度で、放課後に親しく会話する間柄ではない。警戒心と恐怖心が風船のように大きく膨らんでいく。身構えた穂香に、松本は面倒くさそうに言った。

「森田んちのサボテンがビョーキなんだってさ。なんか分かる?」
「松本ぉ、別にいいって。赤坂さん困ってるやん」
「散々気になるっつってたのお前だろ? ――んで、赤坂分かる? 急に真っ白になったんだと」
「ま、っしろ……?」

 艶の綺麗な黒髪が印象的な森田が、スカートの裾を翻しながら松本の肩に手を回した。仕草そのものは男っぽいが、細い腕ががっちりとした肩に回る様子はどこか妖艶だ。
 だが、森田のその行為がなにを意味しているかを考えるよりも、穂香の頭は「真っ白」という言葉で埋め尽くされていた。色を失くした穂香の様子に気づかないのか、彼らはぺらぺらと事情を話していく。なんのことはない、ただの雑談のように。

「雑貨屋で買ったんだけど、一昨日くらいからかな? 急に全部真っ白になってきてさ。棘まで真っ白! 高かったのにさぁ、ほんまサイアクー」
「あ、ちょ、ちょっと待っててくれる、かな。あの、すぐに戻るから」

 怪訝そうな顔をする二人を残し、穂香は携帯を持って廊下に出た。すぐさまナガトに事情をメールすれば、「詳しい話を聞いてもらえる?」と死刑宣告のような返事がもたらされる。
 人の気も知らないで、簡単に言わないで。絶対に口にできない不満が胸であぎとを剥くが、それだけだ。今にも泣き出しそうな思いを抱えながら、穂香は教室に戻った。
 正直に言って、森田は苦手だ。なにかあったわけではない。ただ、彼女はいわゆるクラスの人気者で、派手な立ち振る舞いをする子だった。立場的にも上位の人間だ。彼女は命令する側で、穂香はされる側の人間。劣等感が押し寄せ、どうしても苦手意識が先行してしまう。
 戻ってきた穂香を、森田は勝ち誇ったような笑みで――少なくとも穂香にはそう見えた――迎えた。


[*prev] [next#]
しおりを挟む

back
top

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -