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 探して、見つけて。
 ここは約束の地。かつての私が愛した場所。
 穢すことは許されない。
 貴女、裁いて。
 ――私を、守って。


 雷鳴と落石の絶えぬオリヴィニスを駆け抜けていくうちに、シエラは北西の方角から嫌な気配が漂ってくるのを感じて首を巡らせた。魔気に反応する双眸は、一度瞼を強く閉じてから“なにも見ないつもりで”ぼんやりと開けると、自然と強大な気配を追ってぐるりと動く。赤黒い気配が、糸を引くように漂っているのが分かった。これだけ魔気に溢れていても、その気配は他とは違うという確信が芽生える。
 バスィールはすぐさまシエラの意図を汲み、北西へと駆けた。そうして幾分もしないうちに、大きな闇の塊と出くわしたのである。
 今まで対峙したオーク達が可愛く思えるほど、それはあまりに邪悪な存在だった。猪とも牛ともつかない巨大な獣に跨り、赤黒い皮膚が隆起した魔物が鎧を纏って大地を穢している。小さく、それでいて鋭い瞳は血の色をしていて、天を貫かんばかりに伸びた兜の角の先には兎の死骸が突き刺さっていた。
 屈強な随従に囲まれたそのオークこそ、地底の王と名高いタドミールなのだろう。
 シエラ達の気配に気づいたのか、周囲のオークが騒ぎ始める。あれを蹴散らすだけでも骨が折れそうだが、怖気づきそうになる心はバスィールの散らす氷の礫を見ているうちに落ち着いた。

「氷狼か! 滅びたと聞いていたが、未だこの地にのさばっていたとはな! 女二人も跨らせて、随分とイイご身分じゃねぇか」
「酷い臭いですね……」
「……なんだあれは。今まで見たどんな生き物よりも醜いな」

 ぽつりと呟いた声はタドミールには届かない。
 近づけば近づくほど血生臭い臭気が漂ってきて、ライナともども思い切り眉を寄せるはめになった。ねっとりと絡みつくような魔気が気持ち悪い。
 中空を滑るように飛んでいたバスィールが、衝撃もなく着地してタドミールの一行から距離を置いた。兜を着せられた獣が唸り声を上げ、零れた唾液が砂地を抉って煙を立たせる。

「――<火は闇を照らす無限の灯火なり。水は命を生み出す清浄の母なり>」

 ライナの詠唱が静かに始まり、神気が溢れていくのを背後に感じてシエラもロザリオを握った。
 先ほどの戦いを経て、オークは今まで出会った凶悪な魔物達とは違い、魔術による遠距離攻撃をあまり得意としていないことが判明している。ほどよい距離を保ちながら攻撃し、浄化していけばいい。

「<土は万物に平等な自然の要なり。風は闇を捕らえ、光を守る裁きの鎖なり>」
「ジア、協力を。お前の力を、私に。……<凍てつく氷の槍よ、水晶のごとき清らかさをもって、彼の者を貫け!>」

 蒼い光が満ちていく。
 タドミールに向けて突き出した手の先に、光を弾いて輝く氷の礫が生じた。それはやがて大きくなり、鋭さを増して一本の槍となる。上向けていた手首を返した途端、氷の槍はまっすぐにタドミールに向かって駆け抜けた。随従達が盾や斧を構え、罵声を放つ。
 汚れた鉄の鎖によって槍は砕かれたが、シエラは薄く笑みを浮かべた。

「<神より授かりしこの力、万物に感謝し、祈り捧げることをここに誓う。魔を阻む神聖なる守りを、今ここに導きたまえ。――神の御許に発動せよ!>」

 パンッと音を立てて、辺り一帯が神聖結界に包まれる。ライナはあえて神言を省略せず、すべてを詠唱することによって広範囲に結界を張り巡らせたのだ。神聖結界の中に自分達が守られるのではなく、オーク達をも閉じ込めた。檻ではないために抜け出そうと思えば可能だが、魔物にとっては相当の苦痛を伴うことだろう。
 場が浄化された途端、砕け散った氷の槍の欠片がオークの足元で小刻みに震え始めた。氷狼が吠える。雨が逆さに降るように氷の礫が勢いよく上昇し、オーク達の身体を切りつけていく。
 巨体ながらに素早さも兼ね備えていたのか、タドミールは法術の気配が濃くなるなり近くにいた仲間のオークを一頭引き寄せ、盾にすることで己の身を庇った。腐った血の臭いが漂うが、神聖結界の力が瞬く間に臭いの元となる血を浄化していった。



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