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「……その竜玉は、俺の中から取り出すことはできるのか」
「できると思ってるから、ノルガド坊ちゃんはお前を捕まえようと必死になってる。だがな、竜玉を移すってのは竜同士でも簡単なことじゃない。見たとこ、よっぽど相性がよかったのか、お前の心臓と玉(ぎょく)はすっかり一体化しちまってる。こいつを取り出すってことは、お前が死ぬってことだ」
「私はそれを避けたい。それが友の望みでもある」
「それに、玉の力がなくなっちまったら、お前も困るだろ?」

 頭が痛い。いっそ夢であればどれほどよかっただろうか。
 マスウードの問いかけに首を傾げたエルクディアに、呆れたような眼差しが向けられた。

「お前、今まで変だと思わなかったのか? ガキの頃は特に、人間離れしてたはずだぜ。さすがに人の身体ン中で二十年も経ちゃあ、力も薄まってきちゃいるが」
「え……」

 雷に打たれたような衝撃が全身を突き抜ける。目の前が真っ暗になるとはこのことだろうか。
 腰に携えた長剣がぐんと重さを増した。
 かつての日々が、走馬灯のように駆け抜けていく。
 幼くして剣を取ったあの日。まるで自分の手の延長のように、巧みに操ることのできた鋼の相棒。戦場を駆け、多くの首を狩り、血の海の上で神童と称賛された夕暮れ。
 誰よりも速く走ることができるこの足も。考えるよりも先に動かせるこの腕も。
 竜騎士と呼ばれ、大国アスラナの精鋭達を率いるこの立場も。
 ――あの子を守る、この力も。

「全部、竜の力……?」

 築き上げてきたものが、音を立てて崩れ去る。足元が揺らぐ感覚に、エルクディアの目の前が真っ白に染まった。


+ + +



 絶対に力尽きるわけにはいかなかった。諦めるわけにはいかない。たとえなにをしてでも生き延びる。
 それが生まれたときから与えられた、至上命題であったように思う。
 どれほど生から遠ざかろうと、生きることを諦めはしない。死を招こうとも、自らの死は遠ざける。他のなにを犠牲にしてでも生き残り、そして必ず望みを果たす。
 小さな身体に宿った魂の光はどこまでも強く、生を望む声は割れ鐘のように響き渡った。
 執着という言葉では表せないものを瞳に宿し、ルチアはひたすら前を睨みながら生きるために進み続けた。



「うん……?」

 あちこちで物音が聞こえるのは、こうした山の中では日常茶飯事だ。鳥や兎の類かと思っていたが、どうにも違う気配が混ざり始めている。しかし、その気配はここにあるはずのないものだった。
 シーカーは思わず足を止め、背後の斜面を振り仰いだ。切り立った崖は雲を貫き、頂上が見えない。ここ一帯は木々に囲まれた山の中だが、同じ山と一括りにはできないものがこの崖の先に広がっている。どうにもこの上から気配を感じるが、長い時を生きるシーカーの頭はそれを気のせいだと結論付けた。
 ありえるはずがないのだ。
 人間の足で踏破することなど不可能なその場所から、他でもない人間の気配が近づいてくるなどとは。
 大方、腹を空かせた大鳥が墓場でも漁って遺体を啄んだのだろう。未だ新鮮だったに違いない。そうすれば、この血の臭いも説明がつく。
 重たい長靴(ブーツ)の底を再び鳴らして歩き始めたシーカーの耳に、今度は幻聴が聞こえてきた。最初は荒い呼吸だったそれは、しばらくするとはっきりとシーカーの名前を呼び始める。

「シーカー!」
「お、おお……? っと! なにかと思えば嬢か。どこの山猿かと思うたぞ」

 頭上から文字通り降ってきた小さな塊を如才なく受け止めて、シーカーはあんぐりと口を開けた。
 全身がどろどろに汚れ、顔も判別できぬほどに黒く汚れてはいたものの、縋りついてくる塊は人間の少女だった。十日ほど前に麓の村で顔を合わせた、神の後継者と共にいた少女だ。名は確かルチアといった。
 荒れ放題の髪を梳いてやり、シーカーはルチアの汚れた頬を自らの服の裾で拭ってやった。何度も泣いたのか、頬には涙の痕がはっきりと残っている。
 そんなルチアの首の後ろからは、彼女同様薄汚れた時渡りの幼竜が、ぐったりとした様子で顔を出した。



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