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 金色に輝く竜が、蒼い光を守る夢を見た。
 それは予言だった。遠くはない未来に訪れるものを示しているのだと、そう直感した。
 ほっとしたのも事実だ。私情ではなく、先を視る魔女として動くことができるのだから。
 そんな夢を理由に、レイニーはあの夜、禁忌を犯したのだ。

「スカー……」

 俯き、胸を押さえたレイニーに、スカーティニアが畳み掛ける。

「違うナンテ言わせナイ。アタシはあのとき、反対したノヨ。絶対こうなるッテ。先を視るのはアンタの方が得意よネ、レイニー」
「そうよ、だから言ってるじゃない! 分かってて引き受けたアタシが悪いって!」
「アイツがレイニーにあんな話を持ち込まなけレバ、なにも始まらなかッタ」
「スカーティニア! 今は貴方と喧嘩してる場合じゃないのよ! ルッツを差し出したところで、あいつらが満足するとは思えない!」

 今は一刻を争う。
 エルクディアは竜に連れ去られた。よりにもよって、神の後継者が竜の国にいるときに。
 竜は理を重んじる種族だ。エルクディアがすぐさま殺されるようなことはないだろうが、それにしたって時間の問題である。
 レイニーが見た夢の話など、竜は耳を貸さないだろう。彼らは彼らの掟に従い、なにも知らないエルクディアを裁こうとするはずだ。彼が神の後継者にとっていかに大事な鍵となるか、どれほど説いたところで無意味に終わるだろう。
 それだけのことをしたのだ。
 弁明のしようがないことを、レイニーはしでかした。それでも、そうと分かっていても行かねばならない。
 滲んできた涙を誤魔化すように大きく息を吐き、レイニーは純白の髪を無造作に掻き毟った。

「お願いよ、スカー。分かって。今はこんなことをしている場合じゃないの」
「ええ、そうヨ。アタシ達がすべきハ、今すぐ安全な場所に身を隠すコト。人間なんかに構ってる場合じゃないワ」
「人間なんかって言わないで! ……忘れたの? アタシだって、半分は人間なのよ」

 皺が刻まれるほど強く胸元を握り締め、叫ぶように声を荒げたレイニーは、己の声がわんと頭蓋の中で響くのを聞いて自嘲した。
 色を持たない指先にふと目を落とせば、力を入れすぎたのか、はたまた別の要因でか、小刻みに震えている。
 半分は人間だと告げた声に力はなく、厩舎の奥に逃げ込んだ厩番には届くことはなかっただろう。
 レイニーは、母の姿をぼんやりとしか覚えていない。線の細い人だったことは覚えているが、その顔立ちも、話し方も、もちろん声だって覚えてやいなかった。記憶にはっきりと残っているのは彼女の名前だけだ。
 まぎれもない人間だった彼女は、ある日竜と出会って子をなした。人化しているとはいえ、人間とは明らかに異なる竜と結ばれ、子どもを産むことを決意したような女だ。いくらか細くとも肝の据わった人物には違いなかったのだろうが、身体はさほど強くはなかったらしい。
 まだ幼いレイニーを残して、ベスティアの地であっさりと逝ってしまった。
 雨の降る夜のことだ。不思議とそれははっきりと覚えていた。
 死別を理解できないレイニーを迎えに来たのは、どうやってか噂を聞きつけた父だったという。
 それ以来、レイニーは父に連れられて各国を訪ね歩いた。竜の国に赴いたこともある。自分の父が風変わりな竜だと気がついたのは、ちょうどそのときだ。
 父はことあるごとに何度も言った。人間は面白い生き物だと。レイニーにその血が流れていることを嬉しく思う、と。
 記憶の海に頭まで浸かっていたレイニーを引き上げたのは、スカーティニアの呆れたような声だった。

「……アイツを庇う理由ハ、それだけジャないクセニ」
「あのね、スカー」
「レイニーの人間好きハ、父親譲りネ。アタシには理解できナイ。どうシテ、あんなナンのチカラも持たないヤツらに構うノ?」

 問われて、思わず苦笑した。

「……分からない。でも、惹かれたのよ。自分でも馬鹿みたいだって思ってるわ。特に、あの夜のことは。でも、ごめんなさい、スカー。こんな風になった今でも、あんなことしなければよかった――なんて、ちっとも後悔してないのよ」

 多くの血を裏切り、恨まれることを覚悟した。事実命を狙われるようになった今、もしもあの夜に戻れたとしても、きっと同じことをするだろう。
 守りたいと思った。助けたい、力になりたいと。
 たとえ何度時を巻き戻そうと、その気持ちは変わらない。


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