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 同室と言われてもぴんとこないシエラは、くあ、と漏れた欠伸によって、眦に涙を浮かべている。

「姫君はどうだい?」
「別にどうとでも」

 無駄に広くて、部屋の中には、さらにいくつもの部屋があるのだ。同室になったからといって、四六時中同じ空間にいるわけではない。
 あっけらかんとしたシエラの応えに再び動きを止めたエルクディアの後ろでは、魔導師の二人が手を取り合って――どう贔屓目に見ても一方的だったが――喜んでいる。
 舌戦を繰り広げる気力さえ失せていたエルクディアだったが、最後の抵抗だと言わんばかりに口を開いた。

「俺に拒否権は……?」
「あったらキミも苦労しないんだろうねぇ。まあいいじゃないか。その方が護衛もやりやすいだろう?」

 だったらライナとシエラを同室にすればいいじゃないか、とは言わなかった。
 もうなにを言っても無駄だと理解していたからだ。長年培った経験は、不幸なことにこんなときでも立派に対応できる精神力を鍛え上げてくれていた。
 いくら同等の立場にいることが許されているとはいえども、根底は揺るがない。
 騎士と国王ではあまりにも分が悪すぎるのである。
 海よりも深いため息をついて項垂れるエルクディアの肩に、ぽんっと優しく手が置かれた。見ればラヴァリルが楽しそうに目元を和ませている。

「大変だねー」

 誰のせいだ。
 喉元までせり上がってきた言葉を寸でのところで嚥下して、エルクディアは彼女をねめつける。
 しかしラヴァリルはそんな眼光などまったく気にした風もなく、無邪気に敬礼してみせた。

「ではでは、改めまして自己紹介! リヴァース学園第三過程、絶賛留年中のラヴァリル・ハーネットでーっす! 好きなものはリースと運動、苦手なものは勉強と力の制御。趣味はリース観察およびリースといちゃつくこと、です!」

 よろしくーと笑って握手してきたラヴァリルの勢いにシエラは少々後ろに仰け反りながら、興味はなかったのだが一応問うてみた。

「…………留年しているような奴が使者でいいのか?」
「こいつの持つ力は学園内でも上位のものだ。制御できない馬鹿ではあるがな」
「リース……! そんな褒められるとあたし照れるーーーー!」

 きゃあきゃあとはしゃぎながらリースの腕に抱きついたラヴァリルは、周囲の「今のは褒めてないだろう」という意味合いの視線をことごとく跳ね返した。
 しばらく噛み合わない会話を交わしていた二人だったが、唐突にラヴァリルがリースから離れてエルクディアのもとに駆け寄ってくる。
 顔を覗き込むように背伸びされ、彼は思わず後ずさった。

「うっわー、すっごーい! あたしとおそろいだー」
「は?」
「目と髪! あ、でも目はあたしの方が濃いかなぁ」

 確かに言われてみればエルクディアもラヴァリルも、金髪緑眼だ。大して珍しい配色でもないのだが、彼女はきらきらとした顔で笑う。
 深い翠玉の瞳が、一瞬光を帯びたようにさえシエラには感じられた。

「……ハーネット」

 エルクディアから離れようとしないラヴァリルに見かねたのか、リースが声をかけた。
 途端に蜂蜜色のゆるく一つに編んだ髪を揺らして嬉しそうに振り返った彼女には、まるで犬の尾でも見えるかのようだ。

「なーにリース、嫉妬? ヤキモチ? やだなぁ、それならそうと言ってくれればいいのにぃ! あたしは最初っからリースしか見てないよ!」
「行くぞ」

 話に聞く耳を持たないリースに唇を尖らせたラヴァリルは、近くにいた兵士に向かって満面の笑みを向けた。

「それじゃ、案内お願いしまーすっ!」

 ぽろん、とどこかで音がする。取り残された竪琴の音に気づいたのは、重い瞼を抱えたシエラ一人だけだった。
 ぽろん、ぽろろん。
 ゆっくりと眠気の襲う体を支えながら、彼女は彼らの背を見送った。


+ + +



 皆が出ていき、部屋に残されたのはユーリとライナだけだった。月明かりがじんわりと部屋に潜り込み、燭台を浮かび上がらせている。
 今頃エルクディアは自分の部屋から荷物を移しているのだろう。
 少々――いや、かなり気の毒な気もするが、誰も王の命には逆らえない。
 ライナは窓辺に置かれた空の花瓶に目をやりながら、独り言のように言った。

「一体なにをお考えですか」
「ん? なんのことかな」
「とぼけないで下さい。魔導師のことです」
「ああ、それね。ただ少し気になっただけだよ。今まで動きを見せなかった魔導師側が急に動き始めた、その理由がね。ライナ嬢だってそうだろう?」
「わたしは魔導師をこの城に置くことは反対です。――いえ、わたしだけではなく、他の者も同じでしょう。陛下ご自身それはお分かりのはず。となれば、なんらかの策があると考えてよろしいんですね?」

 返事はない。ただ青海色の瞳が普段と変わらぬ色で見つめてくるだけだ。
 なにを考えているのかまったく読み取れない双眸を見て、ライナがきゅっと唇を引き結んだ。俯いた拍子に銀髪がゆらりと揺れ動き、彼女の顔に影を落とす。

「心配しなくても蒼の姫君は大丈夫だよ。エルクの理性は金剛石よりも遥かに堅いからね。あれがついているのなら、姫君の身はまず安全だ」

 上手く話を流された。だが、その言葉には様々な意味が含まれているような気がしてライナは渋面を作る。
 そんな彼女の頭を、ユーリは妹にでもするような手つきで優しく撫でた。

「やれやれ、心配性だね、君も」
「……陛下が心配しなさすぎるんですよ」

 世界の安寧を示す羅針盤が壊れでもしたら、一体彼はどのような顔をするのだろう。
 そんなことを考えながら、ライナは遠くから聞こえてくるエルクディアの怒声と、ラヴァリルの奇声に耳を傾けた。



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