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 学園内で謎の大爆発を引き起こした彼女を思い出し、リースは痛む頭を押さえた。思い返せばあの頃から、彼女は取り扱い要注意人物として認識され、ラヴァリルがリースに懐いているのをいいことに、学園側からは上手いように面倒事を押しつけられているような気がして仕方がない。

「ねーねー、なんでこんなお日様が出てるときから、この子達出てきたのかな」

 気抜けしていたところに、彼女ののほほんとした声が真横からかけられた。吐息が触れ合いそうなほど近い距離だが、これっぽっちも動揺を覚えなかった。平然としたリースを前に少しつまらなそうに唇を尖らせたラヴァリルが、つま先で地面を蹴りつつ、もう一度言った。

「なんでこんな朝から出てきたんだろ。だってこれ、ほとんど一方的な戦闘だったでしょ? 普段ならもっと殺意むんむんで襲ってくるのに、ぜーんぜんそんなことなかったし……あ、散歩してたとか?」
「行くぞ」
「え、ちょっと無視ー!? もー、リースってばぁ! 最後まで見ていかなくていいの?」
「放っておいてもそれは死ぬ。弱い魔物を観察したところで、なんの役にも立たない」
「……わーお、しんらつぅー」

 威力を弱めていく火柱を視界の端にちらりと映し、リースは吐き捨てるように言って歩み始めた。あの程度の魔物など、最期まで確認せずとも問題ないだろう。たとえ生き延びたところで、あれほどの傷だ。じきに死ぬ。
 学園へ向かって歩み始めたリースのやや後ろを、ラヴァリルがぱたぱたと小走りでついてくる。幸せそうな笑みを絶やさない彼女が腕を絡めようとしてくるのでするりとかわし、振り返ろうともしないまま足を動かした。
 確かに、彼女の言ったことが気にならないと言えば、嘘になる。それはリースとて疑問に思ったし、どこか違和感を覚えたのも事実だ。けれどそれをここで考えるよりも、より多くの資料がある学園に帰ってから、より経験と知識の優れた教官達を交えて考えた方がいいだろう。
 ――それに、あそこにはあの人がいる。
 一刻も早く学園に帰ろうとしていたリースの背に、「あっ」とラヴァリルのなんとも間の抜けた声が投げつけられた。興味もないので立ち止まらずにいたのだが、かちゃりという金属音が聞こえたために首だけで振り返る。
 するとそこには、一度直したはずの銃を再び構える彼女がいた。

「ハーネット?」
「ちょっと待ってね、忘れ物」
「――?」

 無邪気な笑顔で銃を構えていたラヴァリルが、ほんの一瞬その表情を一変させた。エメラルドの瞳が冷たく細められ、視線の先にある赤黒い物体を捉える。
 そして次の瞬間、彼女の指先が引き金を引き、発砲音が耳を劈いた。

「キィィィアアアアアアアア!」
「はい、おっしまーい」

 銀の弾丸は方陣から外れていた一匹のハーピーの心臓を見事打ち抜き、その命を奪い取った。突き破られたハーピーの胸から、どくどくと血が流れ出る。喉を震わせて最後の叫びを上げていたが、それも数秒ともたずに風にかき消され、残るのは見るも無残な死骸のみだった。
 やがてそれは腐敗していき、闇に還るかのように、いつの間にか姿を消す。ただ地面だけが、どす黒く染まる。その場に染みついた魔の穢れだ。――それが、聖職者の浄化を受けない魔物の最期だった。
 今は地をのたうつハーピーも、数時間後、あるいは数分後には、この世から存在を消すのだろう。一滴の血も、残さずに。ただただ、終わることのない怨嗟の淀みだけを残して。
 ぴくりともしないハーピーの姿を確認すると、ラヴァリルはしたり顔で振り向いた。深紅の制服に映える蜂蜜色の髪を大きく揺らしながら、無邪気に駆け寄ってくる。
 そんな彼女の背後に広がる光景は、あまりにも楽しそうな様子とはかけ離れていた。血濡れの死骸が転がり、地が焼け、肉の焦げる臭いが立ち込めている。
 あまりにも不釣合いな光景に、リースは自分でも気づかぬうちに眉根を寄せていたらしい。隣に立ったラヴァリルに眉間をつつかれるまで、まったく意識していなかった。

「お前は……」
「なーに?」
「――いや、なんでもない」
「そう? 変なリース」

 つんと唇を突き出して呟く彼女は、普通の少女――と呼べる年齢ではないが――となんら変わらない。それなのに、その笑顔のまま造作なく魔物を狩ることができる。
 聖職者のようなお綺麗な精神は、魔導師には必要ない。ただ目前の魔物を狩り、死をもたらし、そして人類の安寧を取り戻す。どうせ殺すのだ。その存在を悪しきものとして定め、命を奪う。
 聖職者も魔導師も、やっていることは同じだろう。
 けれど奴らは、その行動に綺麗な理由を付けたがる。人々に安らぎを? 迷える魂に救済を? ――馬鹿馬鹿しい。自分達の生活を守るべく、邪魔な敵を屠る。理由はただそれだけだろうに。

「ねえねえリース、今回はあたしが気づいたからよかったけど、もしあのまま見逃してたらきっと後悔したよ? あたし役に立った? ねえ役に立ったー?」
「あれほど傷ついてたんだ、放っておいてもじきに死ぬ。わざわざとどめをさすまでもないだろう。それくらい見て分かれ」
「え、そうなの? さっすがリースだね、物知りー! ――って、誤魔化した! 褒めてよー!」

 「……まあいいや。帰ろっか!」そう言ってリースの腕を取り、ラヴァリルは駆け出した。美しい空に浮かぶ雲が流れ、草が揺れる。
 彼らにとって、本来いるべき場所はアスラナ城ではなく、リヴァース学園だった。
 きらきらと眩しい銀の集まる白ではなく、血の赤さえ呑み込む深紅と漆黒の蔓延るあの場所だ。
 吹き抜ける風の中に鉄臭い臭いを感じながら、二人は帰るべき場所へとひた走った。


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