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「ああもうっ! この馬鹿男ども、いい加減にしなさい! これからまだご飯あるのに、そんなびしょ濡れになってどうするつもり!? さっさと上がってこないとお昼抜きだからね! いいの? ――せっかくの、セラドンのランチなんだから!!」

 気持ちよさそうに泳ぐ男達に、船上からそう叫ぶ。
 エメラルドの湖面が絶え間なく輝く様は、まるで流星群のようだった。
 騒ぎに驚きつつも、スタッフ達はプロ根性を発揮して手際よく準備を進めていく。レースのテーブルクロスの上に並べられていくのは、リストランテ・セラドンの手がけた豪勢な料理だ。
 その中にはもちろん、季節のパスタもある。新鮮な天然色の野菜を使ったサラダも、それからデザートだって。

「ナグモ。今、お腹が減って死にそうだなんてこと、ありませんか?」
「え? ううん、別に平気だけど?」
「そうですか。では、少しランチの時間が遅くなっても大丈夫そうですね」
「は? えっ、ちょっと!? セイラン待って、ちょっ、やだやだやだっ、なに考えっ、」

 言葉は最後まで紡げなかった。
 ウェディングドレスで重量の増したナグモを軽々と横抱きにしたセイランが、船べりから距離を取ったかと思うと小走りで駆け出して助走をつけて跳び上がったのだ。これだけ垂れる裾を踏まないなんて器用なことだと思うが、問題はそこではない。
 浮遊感に内臓が浮く。ひゅっと風を切る音が聞こえたかと思えば、次の瞬間には冷たい水の中にいた。ごぽごぽと気泡の弾ける音がする。エメラルドの世界の向こう、引き上げられたそこに、空の青が広がっている。

「ぷはっ、――もうっ、セイラン! なに考えてるの!?」

 水を吸ったドレスが信じられない重さでナグモを湖の底に誘うが、セイランの支えがあるおかげで少しも苦ではない。主役二人の飛び込みに、今までで一番の歓声が上がった。
 濡れて張りつく前髪を無造作に掻き上げたセイランが、ナグモの目元にくちづけて子どものように笑う。

「約束したでしょう?」
「は!? 約束ってなにが!? それよりもうっ、どーすんのこのドレス! お色直しまだ先なんだよ!? 髪も! それにご飯〜!!」
「酷い子ですね。君から言い出したんですよ。いつか夏のアオニ緑湖で一緒に泳ごう、と」
「え……、あっ……」
「ここはこんなに気持ちがよかったんですね。道理で、何度叱っても飛び込む子が減らないはずです」

 約束をした。叶うはずのない約束だった。それを交わした当時、二人の関係は決して表には出せなかったのだから、仲良く一緒に泳ぐことなんでできるはずもなかった。
 それでも“いつか”を夢見て交わした小さな約束が、今ここで叶えられた。

「……艦長がこんなことしていいの?」

 艦上から、驚きの声や笑声が降ってくる。

「うーん。……二人してリュウセイ二尉に怒られましょうか」
「ばか。私は自分で飛び込んだんじゃないから、セイランだけ怒られてよね! リュウセイの奴、怒ったら怖いんだから!」

 「そーだそーだ!」「でもちょろいよな!」「そうそう、ちょろい!」そんな声があちこちから聞こえてくる。
 冷たく気持ちいい水の中、ナグモは勢いよくセイランの首に腕を回してしがみついた。それでも沈むことなく浮かび続けるのだから、少しばかり憎たらしい。

「ナグモ。君は今、幸せですか?」

 濡れた頬を優しく両手で挟まれる。
 覗き込んでくる瞳が堪らなく愛おしく、ナグモは破顔した。

「――あったりまえでしょ!」

 自分から唇を重ねたものの、主導権はすぐに向こうに移る。誓いのキスとは違って徐々に濃厚になっていくそれに、周りを取り囲んでいた男達から次々にブーイングが上がった。
 どうぞどうぞ、ご自由に。せいぜい羨んでくれればいい。こんなにも幸せなのだ。ちょっとした野次くらい笑顔で聞き流そうじゃないか。
 重たいドレスを引きずって艦に上がれば、呆れた顔の両親が出迎えてくれるだろう。顔を青くさせたスタッフ達の様子も目に浮かぶ。
 ドレスを着替えて、髪を整えて、化粧も直してもらったら、みんなでランチを食べよう。

 青空の下、まだ夏の残るアオニ緑湖の上で。
 たくさんの笑顔と花に囲まれて、美味しいランチを。
 リストランテ・セラドン。
 その単語が呼び起こすものが、今日の笑顔になればいい。


(Happy wedding!!)
(2015.0824)


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