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「……バカじゃないの?」
「かもしれん」
「似合わない」
「だろうな」
「だから振り向いてもらえないのよ」
「なら、お前が最後の女になるのか」
「……なんでそういうことサラッと言うの」

 声が濡れる。みっともなく震えた声は、付き合っていた頃でさえそう何度も聞いたことはなかった。コルセアはいつだって、ハルナの前では強い女でいたがったからだ。
 強がっていることは知っていた。それを上手く甘やかしてやれなかったのは、自分の落ち度に他ならない。

「死にたくなかったの、離れたくなかった、他の誰にも渡したくないのよ、分かる? ねえ、ハルナ。あんな死に方したくなかった、あたしはカクタスのために頑張ったの、ずっとずっと頑張ってきたの、なのになんであんな死に方しなくちゃいけなかったの。なんであんただったの。なんであたしだったの。ねえハルナ、あたし、最期までちゃんとヒトだった? バケモノになんてなってなかったわよね? 大丈夫よね? あたしのこと、」

 ――嫌いになったりしなかった?
 弱気な言葉を吸い取るように、涙で濡れた唇に口づけた。触れた肌は熱い。そのことに心底ほっとすると同時、どうしようもない切なさに襲われる。
 啄むように唇を重ね、求められるままに口づけた。くすぐりあった舌先をそのまま呑み込むように、深く。掻き抱いた身体は細い。少し体重を傾けただけで支えきれずにベッドに沈み、豊かな髪が扇状に広がる。
 月明かりの下で、夜明けの瞳を覗き込む。伝う涙を拭ってやれば、コルセアはますます不安そうに顔を歪めた。

「お前はいつも変わらない。最初から最後まで。今も、ずっと」
「本当? ほんとに、ほんとに変わらない?」
「ああ」
「だってあたし、あんたのこと殺そうとしたでしょう、この身体にバケモノ入れて。それでも、――んっ」

 なぜ嫌うことができるだろう。なぜ、恨むことができるだろう。この手で終わらせた。この手でなければならなかった。他の誰かでは駄目だったのだ。カクタスの研究者である彼女が、テールベルトの軍人である自分の前に現れたことは一種の奇跡だ。
 それこそ最初から、――最期まで。

「泣くな、頼むから。……どうすればいいのか、分からん」
「……そればっかり。変わってないのね、ハルナ」
「そう簡単に変われるか」

 涙の伝う頬に唇を寄せ、柔らかく上下する喉元にくすぐるように歯を立てる。嗚咽が微笑に変わることを祈りながら、絡んだ糸をほどくようにゆっくりと、丁寧に。
 背中に回った腕の強さに安堵して、乞われるままに口づけを。
 窓の外に、星は降らない。

「お願い、ハルナ、死なないで。こっちに来ないで。来たって絶対に追い返すから。叩き出してやる。あんたなんてね、あの子にフラれて落ち込んで、やっぱりあたししかいなかったって悔やんでればいいのよ。あたし以上の女なんかいなかったって、そう一生嘆いて死ぬのがお似合いなの。そうでなきゃ許さない」
「随分な言い様だな」
「あんたはあたしのなの、誰かに譲る気なんてないのよ。あんたはあたしのじゃないと駄目。――でも、でもね、ハルナ。その“誰か”があんたをここに引き止めてくれるなら、少しだけなら貸してあげてもいい。あんたのこと、少しだけなら任せてもいい」

 縋る腕がハルナの後ろ首に爪を立てた。小さな痛みが胸に広がる。

「そうか」
「そうよ。だから、あんたはせいぜい長生きしなさい。……なにがあっても。たとえ、どんなことが、あっても」
「そう簡単に死ぬか。俺を誰だと思っている」
「テールベルト空軍のアイドル」
「それは違う」

 額を重ねて睨みつければ、コルセアはくすくすと笑った。今度は彼女の方から口づけられ、閉じた瞼の上を細い指先でなぞられる。何度も何度も繰り返すうちに、熱を帯びた吐息が首筋を撫でた。抗議するように軽く叩かれ、目を開ければ赤らんだ目元がハルナを迎える。
 遠い記憶のその色に、自然と口元に笑みが浮かんだ。

「どうした」
「もっ、ストップ! あんたのキス、ほんっと、ゃ、っん」

 何度も聞いた。嬉しくもあり、恥ずかしくもある文句に、いつも誤魔化すように口づけを重ねてきた。忘れようはずもない。
 ――たとえ声は忘れても、忘れられないものもある。

「おねがい、ハルナ。嫌わないで」
「え?」
「これから先、なにがあっても。お願いだから、嫌いにならないで」



 ――ごめんなさい。
 震えた声がそう告げる。懇願の口づけとともに、彼女は消えた。星が流れるような速さで。

 夢は唐突に覚める。
 目を覚ましたハルナが窓の外に見たものは、青空でも流れる星でもなく、夜明けを目前にした青紫の空だった。



(2014.0621)


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