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「おま、マジで撃つ奴があるかボケ!」
「いやいや、これも穂香ちゃんのための練習だし。身体に叩き込めってハルナ二尉もよく言ってたじゃん。ね? だから次は頭」
「シャレになるかァアア!」
「当たったって死ぬわけじゃないし、ケチケチすんなよハゲ」
「ハゲてねェよ、つかンな問題じゃねェんだよ! 当たったら痛いんだよお前の頭にブチ込んでやろうか!!」

 穂香達に渡した薬銃は、ミーティアが所持していたものより威力は低い。いくら健常者には害がないと言っても、弾が当たれば痛いのだ。下手をすれば怪我をしかねない。それでも懲りずにアカギを的として狙ってくるナガトに、アカギは血管を膨れ上がらせながらテーブルの上にあった分厚いファイルを投げつけた。
 穂香を抱き締める形でトリガーに指をかけていたせいで、普段なら避けられるだろう攻撃は狙い通りナガトの頭を直撃した。腕の中の穂香を守るため、そのまま背を向けたのが奴の敗因だ。後頭部にぶち当たったファイルが、爽快な音を立てて床に落ちる。

「てっめ……」
「おーおー、ちゃんと守ってやってさすがですねー、ナガト三尉おっとこまえ〜」
「ふっざけんなよ童貞が! マジで頭ブチ抜いてやる!」

 端正な顔立ちを怒りに歪めて、ナガトは我慢できずといった勢いで穂香の手から薬銃をもぎ取り、ぴたりと銃口を向けてきた。片腕は穂香を抱いたままなので、まるで人質を取って立て籠もる強盗犯のようだ。
 望むところだと残っていた薬銃を構えて応戦の姿勢を見せたところで、その場に似つかわしくない音が漏れる。
 小さな小さな破裂音。そして零れた、小さな笑声。
 銃口を見つめ合わせたまま、二人の軍人はその音源に目をやった。

「ふふ、あははっ」

 ナガトの腕の中で、こらえきれずに噴き出したらしい穂香が、歯を出して笑っている。二人の視線に気づいて、あっという間に笑声は引っ込んでしまったが、それでもはっきりと聞いた。
 顔を真っ赤にしてすまなそうに目線を落とす穂香の頭を、柔らかく微笑んだナガトの手が優しく撫でる。すでに銃口はこちらを向いていない。

「よかった、笑ったね」
「す、すみませ……」
「なんで? あのバカは笑ってやってこそ輝くんだよ?」
「お前のウザさに笑ったんだろ」
「いや、お前の」
「ふざんけな」

 そのやりとりにまたしても穂香が噴き出して、アカギもナガトもすっかり毒気が抜かれてしまった。

「……ま、なんにせよ。大丈夫だよ、穂香ちゃん」
「え?」
「お姉さんも、きみのことも、ちゃんと守るから。だってそれが、俺らの仕事だからね」

 たかが小娘二人を守る気などないと言っていたのと同じ口で、よく言うものだ。
 それでもナガトのその言葉に偽りはなく、それを読み取ってしまえる自分に嫌気が差す。

「怖いよね。不安だと思う。守ってやるって言いながら、こんなもん渡されて自己防衛しろだなんて、無責任だとも思ってるよ。でも、お守りだと思って持っててよ。きみが戦う必要はない。テールベルト空軍の誇りをかけて、絶対に助けに行く。ね?」

 腰をかがめて目線の高さを合わせ、ナガトがふわりと微笑む。これが手口か。そうか。
 関心半分呆れ半分で見ていると、気恥ずかしそうに逸らされた穂香の視線とかち合った。案の定、すぐさま目が逸らされてしまったけれど。
 随分と痒い台詞だ。「テールベルト空軍の誇りをかけて絶対に助けに行く」だなんて、自分には一生吐けそうにもない。
 泣きそうなほど歪んだ穂香の頬をそっと撫で、ナガトは囁くように言った。

「あのね、きみみたいな反応が普通なんだよ。怖くて不安で、どうしようもなくって。奏がちょっと異常なんだ」
「それは言えてら」
「だろ? ――ほらね? アカギもそう言ってるし」

 だから、泣いて喚いてもいいんだよ。
 とろけるような甘い声。これに女は弱い。苦い思い出がよみがえり、アカギは思わず舌を打った。視界の端で、予想通り穂香の顔は赤く染まっていた。まるで、正常な林檎のようだ。
 ほろり。透明な雫が頬を滑り落ち、ナガトの指先がそれを拭う。「大丈夫だよ」耳の奥にこびりつくような声に、嗚咽が重なっていく。ああもう、居心地の悪い。
 やっぱり穂香は苦手だ。これならば、奏の方が幾分か接しやすい。
 泣きはらした穂香の目を見れば、奏がまたうるさく騒ぐだろうことは容易に想像がついた。そのときに、なぜか自分が怒鳴り散らされるのだろうということも。

 これだから、女は苦手なんだ。
 「優しい」言葉に、簡単に騙される。
 ――その本質がどこにあるのかも知らないで。



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