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ぼんやりと壁にもたれていたアカギは、ずっと俯いてなにも喋らない妹の方へ目を向けた。
姉の奏とは違って、こっちは随分と大人しい。必要以上に口をきかないし、いつもびくびくと怯えている。そのくせ視線は自分達を責めてくるのだから煩わしい。「どうしてこんな目に遭うの」「どうして守ってくれないの」目は口ほどにものを言うと言うが、彼女の場合はまさにその通りだ。
対照的な姉妹だ。どちらも苦手な女ではあるが、どちらかといえば、アカギは穂香の方が苦手だった。心の機微を読み取るのは得意ではないが、そんな自分でさえ感じ取れる不満に、「はっきり言え」と怒鳴り散らしてやりたくなる。陰鬱な空気もうんざりだ。ハインケルとどこか似ていると思ったが、あの博士は研究のこととなると饒舌になる。あちらの方がまだマシかもしれない。
今頃、奏はなんらかの処置を受けているのだろうか。
あの研究者達は優秀だ。奏の気配がより濃くなるよう、なにか細工を施しているのかもしれない。
沈黙に飽きてきた頃、ナガトがそっと椅子を引いて穂香の隣に腰かけた。先ほどまで奏が座っていた席だ。背もたれは木製だが、伸縮性があるために柔らかく背を受け止める。だが、ナガトは背を預けることなく、やや前のめりになって穂香の顔を覗き込んだ。
「大丈夫? ……なわけないか。待ってる間、せっかくだから練習しておこうか。さっきも教えたけど、一時間かそこらでマスターできるもんでもないしさ」
「え……、あの……」
「はい、とりあえず薬銃握って。構えてごらん。――ええと、よし、一回立ってみようか。こっちおいで」
半ば強引に手を引いて、ナガトは穂香を立たせて部屋の隅へ誘導していった。相変わらず女の扱いには手慣れた男だ。穂香の僅かに赤くなった頬を見て、女好きの同僚に対してどこか気抜けする。
困惑しきりの穂香の背後に回ったナガトは、あろうことかそのまま後ろから抱き締めるようにして穂香に薬銃を構えさせた。小さな手を自分の手で覆って構え方を教えているが、どうせ穂香の頭には入っていないだろう。彼女の耳は燃えるように赤く染まり、瞳は泣きそうなほどに潤んでいる。
ああまったく、同情を禁じ得ない。「バッカじゃねェの」ぽつりと零した言葉は届いたのか、否か。もはやどうでもいい。
「そう、いい子。で、まずここを親指で起こして、――そう。あんまり反動はないけど、しっかり脇を締めてブレないように固定してね。構えたら、――おっ、覚えてるじゃん! そうそう、側面のここを押し込めば、照準用の芽が出てくる。それが目標の位置に重なるようにして……」
「ってオイ!! ナガトお前、俺に銃口向けてんじゃねェよ!」
「いーじゃん。デカい的の方が最初は狙いやすいんだし」
「そういう問題じゃねェよ! なんっで俺が的なんだ! お前も大人しくされるがままになってんじゃねェ!」
ナガトの腕の中で穂香がびくりと跳ね上がったが、アカギは荒げる声を収めようとはしなかった。
「ちょっとアカギ、穂香ちゃん怯えてんじゃん。かーわいそー。やだねー、怖いねー」
「ひゃっ」
「ん? あれ? どうしたの?」
「どうしたの、じゃねェよ! おっまえ、俺に報道の連中がどうのこうのと説教しやがったクセに、自分は堂々とセクハラか!」
「え、なにお前、羨ましいの? あのときずっと抱き着いていたかったの? うーわー、なにそれキモい。むっつりスケベって怖いから、さっさと駆逐しちゃおうねー。穂香ちゃん、まずね、膝狙って、膝」
「やめろやァアアア!」
ナガトが一層身体を密着させたかと思えば、長い指が穂香の代わりにトリガーを引いた。パシュッと軽い音を響かせて、薬弾が飛んでくる。膝を狙って正確に放たれたそれを、アカギは慌てて足を払ってすんでで避けた。外れた薬弾がカンッと音を立てて壁にぶつかり、床を転がっていく。