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そしてなにより、ビリジアンは英雄の国だ。
希望の若葉を讃え、その傍らで悲劇の英雄を生んだ。三国に生きる者なら、誰もが知っている。白の植物の歴史を語る上で、英雄の存在は外せない。
英雄の眠る国であるビリジアンは、緑地の防衛に関して最も力を入れている。テールベルトは駆逐に重きを置くので、両国が協力して大規模な活動をすることも少なくはない。
「守る」ことに心血を注ぐ国、それがビリジアンだとハインケルは考える。その国が自分を守るといったのだ。科学水準はテールベルトに引けを取らない。
――ならば。
「……ほ、ほんとうに、守って、くれる……?」
震えた声を情けないと叱責する者も、ゴミを見るような目で蔑んでくる者も、いないのなら。
ミーティアは気の強そうな目を、優しく細めた。ぽってりとした唇がふんわりと孤を描く。彼女は慈愛に満ちた聖母のような微笑みで、ハインケルの手をそっと握った。
優しい手だ。頬を撫でられ、柔らかな唇が瞼に落とされる。
「ええ。お約束いたします」
* * *
アカギに半ば無理矢理連れてこられた場所は、家から遠くの方に見えていた山の麓だった。人目につかないような道を選んでバイクを走らせ、途中からアカギに抱えられて飛行樹で山を登った。
鬱蒼と木々の生い茂る中、突如姿を現した小振りな潜水艦のようなもの――それはあの日、庭に現れた空渡艦だ。
中に案内され、穂香は恐る恐る梯子を降りた。
「あっ、ほの!」
「おねえちゃん……」
中は外見の大きさに比べて手狭に感じた。あちこちにパイプが通り、百を超えるだろうボタンが並んだパネルが各所に見られる。
奥から顔を覗かせたのは姉の奏だった。ほっとするも、二人が同時にこの場所へ集められたということに不安を覚える。どうしていつものように、穂香達の家ではなかったのか。
――ここでなければならない理由は、なんなのか。
中途半端に立ち止まっていた穂香の背をあとからやってきたアカギが押し、四人はそう広くはない談話室に腰を据えることになった。
興味深そうにせわしなく視線を動かす奏に質問責めにされていたナガトは、保父のような笑顔でそれに答えていた。コーヒーを淹れてくれたのはアカギだった。穂香の前には、ミルクと砂糖が二つずつ用意されている。
口火を切ったのはナガトだった。
「今日二人に来てもらったのは、大事な話があったからなんだ。もうそろそろだと思うんだけど……」
ナガトが手元の時計を確認したそのとき、ズドンと下から突き上げるような振動が穂香達の身体を襲った。姉妹の口から悲鳴が漏れたが、男達はけろりとしている。どうやら危ないものではないらしい。
機器をいじって通信していたアカギが戻ってくると、ナガトは奏の頭をくしゃくしゃと撫でて笑った。
「向こうも到着したみたいだし、ちょっと移動するよ。来てもらったばっかりなのにごめんね」
ナガトが穂香の前を横切ったそのとき、つんとした消毒液のにおいが鼻についた。学校のプールのにおいによく似ている。そういえばアカギもそんなにおいがしていたなと思いながら、促されるままに外に出る。
奏は飲み残していたコーヒーをぐいっと一気に煽り、艦の中を名残惜しげに見ながらついてきた。好奇心のかたまりだ。幼稚園児のように目を輝かせている姉の姿は、どこか羨ましくもあり、同時に少し恨めしくもある。
どうしてこうも違うのだろう。同じ人間ではないのだから当然だが、少しくらい、彼女に似ていればよかったのにと思うこともしばしばだ。
移動した先は、ミーティア達の研究室だった。艦を出た瞬間、目の前に建っていた立派な施設に、穂香はくらりと目眩がした。
中に入れば見た目よりも広く、あちこちで白衣を着た者達がせわしなく行き交っている。一人の職員に案内されて辿り着いた会議室のような部屋に、ミーティアとハインケルが待っていた。
【9話*end】