2 [ 49/184 ]

「ねーえ、そういえば、特殊飛行部って、上官三名の推薦があれば入れるのよねぇ?」
「そ。直属の上官の推薦は必須。……まあ今は、それどころじゃないんでしょーけど」
「そうよねぇ、他プレートであんな問題が起こるなんて前代未聞だもの」

 ナプキンで口元を拭ったマミヤが、つんと唇を尖らせる。

「あんたを推薦してくれそうな上官は、そっちにかかりっきりだものねぇ。イセ艦長もいないんだもの、マミヤさみしー」

 何気ない前半部の呟きに動揺が走る。慌てて水を飲むと、気管に入り大きく噎せ込むはめになった。
 「きったなぁい」遠慮会釈なく眉間にしわを刻む美人をはり倒したくなったが、ただの八つ当たりにしかならないのでぐっと我慢する。

「ハルナさんの地域、すごいらしいわよぉ? 高レベル感染者がたぁっくさん出てるんだって。応援要請も入ってきてたし、心配よねぇ」
「……なに、そんなにひどいの?」

 マミヤは呆れたように目を眇めた。

「ひどいってもんじゃないわよぉ。進化は早いし、どんどん被害は拡大してる。言っておくけど、特殊部隊ぜーんぶ出払っちゃってるんだからね? カガ艦長がいるからハルナさんは大丈夫でしょうけど、アカギ三尉達の方は……」

 尻すぼみになった言葉の先は、容易に想像がついた。基地内で公然の秘密となっている「幹部候補生の暴走」だ。一時は騒然となったが、すぐさま箝口令が敷かれた。詳細は下りてきていないが、チトセもよく知っているナガト三尉とアカギ三尉が、訓練中にたった二人でプレートを渡ったということだけは聞いている。
 これが外に漏れれば大問題で済むはずもない。隠せていることが不思議なくらいだ。

「最近じゃあ、スズヤ二尉に会うのも難しくなってるし。監視が厳しくなって、査問会が動き出すかも〜なんて噂も出てるくらいだもの」
「あ、そーいや最近、ヒュウガ隊の人らと会わないかも」

 スズヤ、ナガト、アカギはヒュウガ艦長の隊の人間だ。全員と顔見知りではないが、それなりに親しい隊員もいる。例の事件後も食堂で顔を合わせたりすることもあったのだが、ここのところ姿を見ていなかった。
 マミヤが上半身を乗り出し、周りを気にしながら声を潜める。

「なにか上で大きな決定があったんじゃないかって、うち(空渡観察隊)じゃ持ち切りよぉ。それもよくない方の」
「よくない方、って……」
「ハインケル博士が投げ捨てられたのは知ってる?」
「投げ捨てってあんたね。――まあ、知ってるけど。でもそれって三尉達のフォローに回すためでしょ?」
「バカねぇ。フォローのためなら、すぐにヒュウガ隊を追わせた方がいいに決まってるじゃないのよぉ。そしたら一気に、みんなまとめて処罰しちゃえば済むじゃない」

 あけすけな物言いに怯むチトセに構わず、マミヤは耳元でそっと囁いた。

「――まとめて『処分』しちゃおうってハラなのかも、ってウワサ」
「はぁあああ!?」
「ちょっ、チトセ! うるさいわようっ!」

 勢いよく立ち上がったせいで椅子を蹴り倒し、それに躓いた他の隊員のスープが器ごと宙を舞った。それがたまたま近くに座っていた上官の頭に、かこんっと間の抜けた音を立てて器が逆さまに落下する。
 すぐさま鋭い叱責が飛んだ。チトセはマミヤに助けを求めたが、彼女はなに食わぬ顔で食事を続けていた。

「(この裏切り者!)」

 「はい」と「すみません」をオウムのように繰り返し、なんとか上官の怒りを静める。叱られている内容は、落ち着けだのなんだの、いつものことだ。上官の言葉は右から左へと聞き流し、チトセはマミヤの言葉を何度も咀嚼しようと試みていた。
 味の分からなくなった夕食後、部屋に戻ってきたはいいものの、どうにも落ち着かなくて胸を掻き毟りたくなる。
 ごろりと床に寝そべったまま、チトセはベッドに座って本を読んでいるマミヤに声をかけた。

「ねえ、さっきの『まとめて処分』ってどーゆー意味? 処罰とどう違うわけ」
「え? ああ、アカギ三尉達ってなにかと問題起こすでしょ? だからぁ、そのまま他プレートに放置して、のっぴきならない問題起こしてもらったところで、責任取らせてポイしようって魂胆じゃないのぉ?」
「っ、なにそれ! そんなことが許されんの!?」
「あくまでもウワサよ、ウワサ。――それだけで済んだらいいけどねぇ」

 美人は物憂げなため息すら絵になる。どういう意味かと訊ねると、マミヤは苦笑して「特殊部隊入り目指してるんなら、それくらい自分で考えなさぁい」と指弾してきた。
 ぐっと唇を噛む。今の熱した頭では、冷静な考えなどとてもじゃないができるはずもなかった。

「……ちょっとスズヤ二尉んとこ行ってくる」
「気をつけなさいよぉ」

 手土産にビールを買って男子寮へ足を運んだが、いつもなら「仕方ねぇな」と言って通してくれる寮監は、頑なにチトセを拒んだ。どれほど頼み込んでも通してもらえず、直接スズヤに連絡を取ってみたが、携帯端末は虚しく呼び出し音を響かせるばかりで彼の声を拾わない。
 男子寮の前で温くなったビールを両手にぽつんと立ち尽くすチトセは、ようやく事態の恐ろしさに触れたような気がした。



[*prev] [next#]
しおりを挟む

back
top

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -