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「つっても、死にかけたこたァまだないっつの」

 飛行樹で夜空を滑る。住宅街だが深夜ということもあって、明かりのついている家はそう多くはない。街灯がぽつぽつと並んで道があることを示し、大通りには車のライトが線を描き、コンビニの真っ白な照明が目に付いた。
 人通りは大通りに比べてほとんどない。しんと静まり返った住宅街の上空を飛んでいると、コウモリとすれ違った。こんなところにもいるのかと感心する。
 そうこうしているうちに、目的の家に辿り着いた。豪邸でもなければ、すきま風が入り込む不安のある家でもない。至って普通の一軒家の、明かりの漏れ出ている二階の窓を叩く。確かここは穂香の部屋だ。人目に付かないような設定は飛行樹に搭載されているが完璧ではないので、この瞬間が一番警戒しなければいけなかったりする。
 窓を開けてアカギを招き入れたのは妹の方だ。目は合わそうともせず、唇だけで「こんばんは」と言ってくる様子が妙にもどかしい。――もどかしいというよりは、腹立たしい。

「どうした?」
「夜にごめん。ちょっと気になることがあって」

 やはりというべきか、問いかけに答えたのは姉の方だった。

「別に緊急の用ってわけじゃないんやけど、これ見てもらっていい?」
「なんだ、これ……?」

 手渡されたのは透明のビニール袋だ。しっかりと口が結ばれており、一見するとただそれだけに見える。
 アカギがそれをまじまじと眺めると、姉妹の視線が集中するのを感じた。これになにが入っているというのだろう。
 しばらく分からないまま視線を動かし、そして封じ込められたものを確認した。

「なんだ、これ……!」


* * *



 何度コールしても相手は出ない。それが余計に苛立ちを募らせていく。通信機を使えばほぼ確実に応答するのだろうが、緊急性もない上に万が一公的記録に残っていても困るので、私的な使用が認められている携帯端末で連絡を取っている。普段なら相手が出なくともなんとも思わないが、今は状況が状況だ。いらいらと床を踏み鳴らしていると、延々続くかと思えたコール音が途絶えた。
 端末の向こうで息を吸う音が聞こえた瞬間、ハルナは一気にまくし立てた。

「スズヤッ!! これはいったいどういうことだ、なんであいつらから目を離した! 訓練中に候補生がたった二人でプレートを渡るなんざ前代未聞だぞ!」
『ハルちゃんハルちゃん、なんか相当ご立腹のところ悪いけど、なに言ってるか全然分かんない。言語コード戻してくれる?』
「くそっ、――これでいいか!?」
『うん、大丈夫。聞こえる聞こえる〜』

 のほほんとした声が余計に憤りを感じさせる。映像を介した通話にしなくてよかった。今あの顔を見ていれば、確実に端末を叩き割っている。
 同じ時期に入隊したスズヤはかつて同室だったこともあり、隊内では最も付き合いの長い相手でもある。所属する班が異なるために最近では顔を合わせることも少なくなったが、酒を片手に部屋を訪ねてくることもしょっちゅうだ。
 そして不本意ながら、この男には毎度振り回されている。


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