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一時的に症状が治まった父は、医師が控えているというミーティアの空渡艦というところに入院して治療を受けている。不思議なことに母や父の職場の人間には、普通の病院に入院していることになっていた。診断書の偽造や記憶操作を簡単にやってのけるあたり、新手の詐欺グループではないかと疑いたくなるほどだ。
「――得体の知れない俺らのことも、怖いんだろうね」
「え? あの、今、なんて……?」
「なんでもないよ。お姉さん、早く帰ってくるといいね」
綺麗な顔だ。柔らかい薄茶の髪に、真っ黒い目。左目の泣きぼくろといい、その肌の白さといい、軍人というよりは芸能人を彷彿させる。体格こそしっかりとしているが、これでもっと線が細ければ女装をしても違和感がなさそうだ。
雑誌モデルか、アイドルか。そんな風に言われても、きっと信じてしまっていただろう。軍人などよりもよほど説得力がある。
ベッドに腰掛けて赤本を読むナガトから目を逸らし、穂香は集中できないまま参考書と向き合った。自分の部屋に家族以外の男性と二人きりという状況は、どうにも落ち着かない。
* * *
「そーいや、最近ずっとあんたらどっちか一人よな? なんでなん?」
「交代でチビ博士の見張り。あれをほっとくと大変なことになりかねないからね。――よしっと、血液採取終わり。てか、どれだけ飲んできたの? 血中アルコール濃度、なかなかの数値なんだけど」
「そんな飲んでへんって。ちょっと後輩三人潰してきたくらい。それにしても、あのボクが博士、ねえ……」
僅かに目元を赤くした姉が帰宅したのは、もうすぐで時計の針が天辺を回ろうとしている頃だった。ナガト達がやってくるのが今日だということを忘れていたらしい奏は、穂香の部屋にいる彼の姿を見てひどく驚いた様子を見せた。
穂香のベッドに座って小声で話す彼らを見ていると、つい今し方までの自分とナガトの様子が嘘のようだ。あれだけ静寂がこの部屋を支配していたというのに、今ではしんとしている方が珍しい。ナガトもどこか砕けた雰囲気で奏に接している。こういうとき、姉のコミュニケーション能力の高さが羨ましいと思う。
「あれでもうちじゃかなり有名な博士サマだよ。どっちかというと悪い意味で」
「悪い意味? 若すぎるとかそんなん?」
「違う違う。あの人、軍部のお荷物だから。能力そのものは評価できるんだけど、まーあ他がね」
「え、なにそれなにそれ! 実はマッドサイエンティストとか?」
「んー、どうかな。まあそんな一面もあるかもね。あれだけの功績を残してるんだから」
彼らの国テールベルトにおいて、ハインケルは様々な新薬や武器の開発に携わってきたのだという。そんな彼のどこが嫌われているのか、穂香と奏は結局分からずじまいだった。
ナガトが語るテールベルトの様子は、やはりどこかファンタジーのようだった。空を飛ぶ植物。危険区域。町の至るところに軍人がいて、感染者や暴動から人々を守っている。複雑な心境の穂香を察知したのか偶然か、彼は小さく笑った。「このプレートでも、似たような状況の国はあると思うけどね」責められたわけでもないのに、羞恥で頬が熱くなる。
カルピスサワーを飲みながら興味深げに耳を傾けていた奏が、しばらくなにかを考え込むように黙った。