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「あれ、そういえば今日はお姉さんは?」

 穂香の指先に針で小さな穴をあけ、採取した血を計器で計りながらナガトが訊ねてきた。

「あ、今日は、飲み会だそうです。大学のお友達と……」
「てことは遅くなっちゃうのかー。どうすっかなー、今戻ると面倒だしな……よし、じゃあ待たせてもらうね」

 ふんわりとした人好きのする笑みを浮かべておきながら、その口調は否定を許さない。たとえ思っていても「駄目です」などと言えない穂香にしてみれば、ただ頷くことしかできなかった。
 いくつかの質問と検査を終えると、あとは奏を待つだけとなった。一問一答の会話がなくなれば、自然と静寂が訪れる。特に男性との会話に苦手意識を持つ穂香にとって、この沈黙は苦痛だった。美容院などでの店員との会話も上手く続かず、しどろもどろになってしまうのが常だ。しかし、ナガトは穂香がなにか話した方がいいのではと焦り始めた頃に当たり障りのない会話を投げかけてくれ、穂香が答えるとそこからさらに話を広げたり、きちんと反応を返してから笑顔で口を噤んだりする。
 一言で言うなら、楽だった。気を遣われていることを思えば申し訳なくなるが、沈黙に対するいたたまれなさや、上手く会話を繋げられない罪悪感を味わうこともない。ナガトはどうやら、聞き上手であり話し上手でもあるらしい。――アカギとは違って。
 「参考までに聞きたいんだけどね」彼の世界の様子を聞いていると、ふいにそう切り出された。

「もしもこの世界の植物から色がなくなったら、どう思う?」

 答えにくい質問だった。極彩色に彩られた植物が当たり前の世界だ。それがなくなったらと想像するのは難しい。
 それに、ナガト達の世界はそれが現実なのだという。どう答えろというのだろう。目に見えて困惑した穂香に、彼は朗らかに笑って首を傾げた。

「どんな答えでもいいよ。考えつかないのは当たり前だし、今のきみが出した答えが現実になったときに変わったって、なんらおかしくはない。だから自由に思ったことを言ってくれていいんだよ。そんな必要はないんだけど、俺に気を遣ってくれるなら当たり障りのない感じで大丈夫だから」
「あ……、えっと、…………怖い、と、思います」
「そっか、そうだよね。ありがとう」
「いえ……」

 続かない会話を気にした風もなく、ナガトは穂香の机の上に広げられている参考書を興味深げに覗き込んできた。英語を見て「これ何番の言語だろう」などと言いながら耳元をいじっている。彼らに支給されている通信機には、いわゆる異世界の言語も同時翻訳できる変換機能がついているらしい。羨ましいと心の中で思ったことは内緒だ。
 気がつけば彼の口からは流暢な英語が流れ出していて、目を丸くさせる穂香を見て悪戯っ子のように笑う。すぐさま日本語に切り替えて「どう?」などと聞いてくるあどけなさは、彼が軍人だということを疑わせる一つの要因でもあった。

「あ、そういえばさ、お父さんはもうすぐ退院できるって。レベルBの感染だったし、完全寄生にまでいってなかったから完治するよ。後遺症も残らない」
「そう、ですか。……よかった」

 それ以外に言葉が見つからなかった。心の底から安堵する。
 あの日、父は白の植物に感染していた。凶暴化した父とナガト達が争っていたときの衝撃を今でもはっきりと覚えている。ミーティアの発砲も。彼女が持っていた銃は、薬銃と呼ばれるものだった。いわば麻酔銃だ。感染者用に開発された銃で、身体ダメージは最小限に抑えられているという。


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