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* * *

 ほのちゃん。
 大好き。

 だから、だいじょうぶよ。

* * *



「なに、これ……」

 目の前に広がる光景に、穂香は息を切らせながら絶句した。言葉という言葉が浮かんでこない。


 学校から逃げるように飛び出したが、途中から穂香の手を引いて走ったのは、ミーティアと名乗った外国人女性の方だった。高いヒールを軽快に打ち鳴らし、それこそ馬のようにポニーテールを上下に揺らして駆ける彼女は、とても楽しそうにしていた。
 待ってと言っても彼女は聞かない。困惑する穂香が見覚えのある道を通っていることに気がついたのは、自宅の前についたそのときだった。
 なぜミーティアが穂香の家を知っていたのか、定かではない。彼女は微笑みながら訊ねてきた。「ホノカのホーム?」ぜいぜいと悲鳴を上げる胸を押さえながら頷くと、ミーティアは躊躇いなく門を抜け、玄関を開けた。
 慌ててあとに続いたが、玄関のすぐ脇に姉の使っている鍵が落ちている。猫のキャラクターのキーホルダーがついているから、間違いがない。
 中に入ると、ぐちゃぐちゃになった靴が穂香を出迎えた。息を呑む。ヒールのままお構いなしで家に上がるミーティアのことなど、もはやどうでもよかった。
 壁にもたれて気を失っている母のもとへ、転がるように駆け寄る。

「お母さんっ! どうしたんですか!?」

 軽く頬を叩いてみたが、反応はない。涙ぐむ穂香の耳に聞こえてきたのは、背筋が凍りそうな怒声や物音、そしてミーティアの場違いな鼻歌だ。
 父のものと思われる怒号に紛れて、覚えのある男達の声が聞こえてくる。すぐにぴんときた。ナガトとアカギ。あの二人だろう。
 ミーティアがリビングへと消えていく。凄まじい音は鳴りやまない。どうなっているのか確認しに行きたくても、足が竦んで一歩も動けそうになかった。
 そして突然、一発の銃声が響き渡った。

「え……!?」

 弾かれるようにして立ち上がり、すぐに顔から転んだ。四つん這いになってリビングへと向かう。散乱したガラス片があるせいで、これ以上は近づけないというところまで来たとき、穂香はやっと顔を上げて――絶句した。

「なに、これ……」

 そこに広がる地獄絵図は、穂香の想像を絶していた。荒れ放題の空間。テーブルの上に放心状態で座っている姉は怪我だらけで、彼女の前には驚いた表情の二人の男がいる。穂香に背を向けるようにして立っているミーティアの手には、鈍く光を弾く拳銃が握られていた。
 ――そして食器や果物、パンなどと一緒に、床には父が力なく横たわっている。

「――That's all right.ダイジョブ、ホノカ」

 にこりと笑みを向けながら言われた台詞に、先に反応したのは奏だった。

「だっ……大丈夫なワケないやろ人殺し!! あんたらほんまなんなん!? 殺してやる!!」
「落ち着け! 死んでねェよ! だから暴れんなっ!」
「うっさい離せっ! あんたらまとめて殺してやるっ!!」

 掴みかかろうとする奏をアカギが必死に押さえているが、ミーティアはくすくすと笑うだけで危機感も罪悪感も感じていない様子だった。
 「死んでない」その言葉が穂香の正気を呼び戻す。倒れている父に目を向けると、様子を見終わったらしいナガトと視線がかち合った。
 彼はそこで初めて穂香の存在に気がついたようだったが、すぐに穏やかな笑みを浮かべて近づいてきた。震える穂香の頭を撫でながらしゃがみ、「大丈夫だよ」と声をかけてくる。その手には、刃物でついたような切り傷があった。

「大丈夫だよ。びっくりしたね。きみのご両親は無事だよ」
「そ……」

 そうですか。恐怖に犯された喉は、声を発することを放棄している。ナガトが気遣うように肩を叩いた。

「お父さんの方は感染しているけど、薬打ったからもう大丈夫。お母さんも軽傷だよ。ちょっと額の、ここんところを切っただけ。うーん……むしろ、お姉さんの方が重傷かな」

 言われたように、奏の身体は切り傷だらけだった。あちこちから血が滲んでいてとても痛々しい。
 ミーティアはナガトに英語でなにかを話しかけたが、彼は苦笑混じりに耳を指差し、そして手話に似た動きでなにかを伝えた。「Okay」歌うように呟いて、ミーティアが耳元をいじる。彼女は何度か咳払いをしたあと、満足そうに笑って言った。

「初めまして、テールベルトの兵隊さん。アタシはビリジアン政府直轄、白植物科学捜査研究室室長のミーティアよ。よろしくね」

 唐突に流暢になった日本語でミーティアはそう言うと、辺りを見回して首を傾げた。

「ところで、ハインケル博士はどこかしら?」


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